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L'art de croire             竹下節子ブログ

『夜8時の訪問者 La fille unconnue』(2016)ダルデンヌ兄弟

『夜8時の訪問者』 

(ダルデンヌ兄弟の作品だから「フランス語映画」と言うべきか。フランスとベルギーの共同製作だ)

ダルデンヌ兄弟のネームバリューがあるから日本でも公開されている。



前の記事に続き、医者が主人公。しかも同じ2016年の作品。

でもこちらは若い女性、当時の実年齢が267歳ということで、ケネディセンターに抜擢される優秀な若手の医師という設定には若すぎるけれど、なんというか疲れて老けて見えるので、30代半ばの感じがして違和感はない。

こちらはフランスの過疎の村ではなく、ベルギーのリエージュの近郊の町で、移民もたくさんいる。インタフォンに映ったのが黒人女性というだけで、アフリカ系だ、と言ってサイバーカフェを探すというのはアフリカに植民地があったベルギーっぽいかも。(フランスならカリブなどの海外県のフランス人のことをまず検討するような気がする。)

ともかく、移民も多く、離婚や別居家庭も多く一人暮らしの貧困や病気など、都市近郊の町の方が、村人みんなが昔ながらの知り合いである過疎の村よりも悲惨だ。

村に来た女性医師はすぐに受け入れてもらえないしジェンダー差別もされそうだけれど、雑多な人間の住む都市近郊で故人の医院で3ヶ月代診している若い女性医師の方が身の安全に大きなリスクがある。

でも、村にやってきた医師役のマリアンヌ・ドゥニクールも、この映画のアデル・エネルも、長身(175cm)で、不特定の患者を拒めない総合医は体力と同時に身長も必要だというのが納得。(そういえば私の主治医も女性で180cm近い長身だ)


「村の医者」の映画と対照的なのは、初老の医師が若い女性医師を軽んじるのに対して、この映画では若い女性医師が、もっと若い男性研修生を軽んじる、というか権威的に扱うところだ。

研修生は、待合室でひきつけを起こした子供を見て凍りつき、ジェニー(ヒロインの医師)の指示に従えなかった。ジェニーは「そんなに情動的では医師になれはしない」、と研修生を責める。

その時に、もう診療時間外なのに、ドアブザーが鳴った。すぐに対応しようとしてインタフォンにかけつけようとした研修生に向かって、ジェニーは、時間外だから答える必要はない、と制止した。

「でも緊急だったら?」と問われて、「緊急ならもう一度鳴らすでしょうよ」と冷たくスルーした。

ところが翌日、インタフォンのカメラに映っていた黒人女性が医院の近くで身元不明の不審死体となって発見されたのが分かる。

そのことで「あの時受け入れていたら、死なずにすんだのに」という罪責感にとらわれたジェニーは、せっかく抜擢されたケネディ・メディカルセンターのポストも捨てて、医院に残り女性の身元を探して回ることになる。

どうしてそこまで罪悪感を持つかというと、それは最後の方で分かるのだけれど、彼女はもし一人でいたら診療時間外のブザーにも対応していた、それなのに、彼女を苛立たせていた研修生がインタフォンに駆け寄ったのを見て、彼にNOと言うために、反射的に、開ける必要はない、と言い捨てたのだ。

その研修医も、後で、ひきつけの子供を見て固まってしまったのは実は自分が子供の時に父親に虐待されていたトラウマからだったと分かる。


アデル・エネル、左利きなのがこの映画ではなんだか目立ったけれど、若い頃のアジャーニみたいだ。

常軌を逸したようなひたむきさはアジャーニを彷彿とさせる。

このヒロインがたまに笑顔の片鱗を見せるシーン(子供の患者が歌を歌ってくれるとか、研修生が医学部に復帰して国家試験を受けると知らせてきた時とか)は救われるけれど、全体として、痛ましすぎるし、彼女自身の背景がまったく分からない。

「村の医者」の休む間もない献身もそうだったけれど、「孤独」が仕事に向かわせるのだとしたら救いがない気もする。

まあ、ダルデンヌ兄弟の映画だから、こういう描写でこういう後味だというのは想像はついていたけれど。

やはり、これからは、「村の医者」のような希望をくれる映画を選択して見なくては。


と、ここまで、続けて視聴したふたつの「医者」ストーリーを比較したけれど、ダルデンヌ兄弟つながらないは、彼らに期待する彼らに期待する社会派の視線がうまく伝わっていなかったのが問題だ。ヒロインの視線、ヒロインの行動に焦点を絞っているのは同じでも、それを通じてこちらの視野が広がるような普遍性にはつながらない。

このブログには『サンドラの週末』一作しか記述がないが、あのヒロインのような求心力はこの映画のジェニーには見られない。

今その記事を読み返してみたら、その後で日本でもピケティが有名になったこと、もっと後にコロナ禍の一律10万円援助金での「懐柔」など、記事を書いていた時点では想像もしていなかったことが起こったので感慨深い。




by mariastella | 2021-09-28 00:05 | 映画
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