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L'art de croire             竹下節子ブログ

子供の本の検閲

フランスでは日本のマンガがたくさん訳されていて、(日本以外で)世界一の日本マンガ消費国となっているのはよく知られている。
フランスにはその他に、大判でハードカバーのBD(ベーデー、Bande dessinée)というのがあって、作家性の高いものも多い。

そのマンガだが、子供向けのものは結構長い間、検閲の対象になってきた。
1920年代には、カトリックの聖職者が、キリスト教的でないマンガは子供たちの魂を汚すとして、好ましくない絵本やマンガのリストを挙げた。でも全体としては、ただの娯楽としてスルーされてきたのだけれど、第二次大戦後にアメリカのコミックが大量に入ってきたので警鐘が鳴らされた。すでに1934年から、ソフトカバーで紙の質も悪い「ミッキー・マガジン」という雑誌が、ディズニーものだけでなくアメリカのコミックを載せていた。
その内容が戦後に批判されたのは、カトリックからだけではなく、マルクス主義のシンパが増えたことによる「反米」の流れからだ。

子供たちがマンガばかり読むと本を読まなくなるともいわれた。中等教育で古典を含む多くの本を読ませるフランス語教育の伝統もある。
で、1949/7/16に子供の本に関する検閲法ができ、暴力や犯罪の描写だけではなく、子供たちに噓、怠惰、憎悪、卑怯を促すような描写のあるものを出版差し止めにしたり、訂正させたり、輸入禁止(特にベルギーのBDで、有名なシリーズでも、結末を変更させられるなどした。悪党が殺されるのでなく刑務所で死ぬなど)の処置も取られたという。専門の委員が年に3度集まって決定した。
こうして1970年代の終わりまで、4700 もの本、そのうち1000種ほどの子供を対象にした本が摘発された。アメリカのコミックの絵柄を改変するのは1990年代初めまで続いたのだという。

グローバル化の進んだ2000年代にはさすがに有名無実となった。
最後に提訴があったひとつは2004年にリアド・サトゥーフが出した『僕の割礼』というBDで、割礼を嫌がった父親に、ゴールドラック(日本アニメのキャラクター)を買ってやるからと言われて受け入れたのに買ってもらえなかったという話などがあり、シリアに対する差別を助長するとされて警察に呼び出された。その様子を『シャルリーエブド』が紹介し、警察官は個人的にそのBDが好きだと言ったらしい。結局検閲対象にならなかった。2005年には、若い女性が恋人のことを「パパ」と呼んでいる表現がインセスト(近親相姦)を思わせるという訴えだったが、これも検閲に至らなかった。結局、2011年にこの検閲法が改定されたようだが、すでに誰もタッチせずその存在も忘れられた。
新たに生まれたのはアングロサクソン風のロビー活動によるインターネットによる検閲と出版社や作者の自己規制だ。
肌の黒い女性版ターザン「ニアラ」のキャラクターが女性差別、黒人差別で抗議されて出版差し止めになった。アメリカのDav Pilkeyは300人の講義署名があっただけで、自分の作品の中にある「吊り目で中国服を着ているクンフーの老師範」の削除を出版社に願い出たという。フランスでも2018年に、フェミニスト15000人の署名により、女性作家のあるBDの再版が見送られた。

以上は、検閲の歴史、ポルノBDの闇出版の実態などについての著書があるジャーナリストBernard Joubert(ベルナール・ジュベール)のインタビュ―「内務省は1000のBDを禁止した」(Le Point Références 2021秋号 「禁書」特集)からの抜粋要約だ。

フランスと言えばカリカチュアを含む表現の自由を国是として行きすぎさえある国のように見えているが、「青少年」向けにはこんなにも「教育上の配慮」が重要視されていたのだ、と驚く。
確かに一昔前までは過半数の子供が通っていたカトリックの公教要理などの影響はあるだろうけれど、同時にあった「反米」思想の影響もあるのだろう。
今はそれが国境のない坩堝のようになって、逆にSNSの威圧力でキャンセル・カルチャーが席巻しているのも地球規模というのは皮肉だ。
フランスのBDは平均して、芸術性が高く値段も高い。子供向きの人気シリーズはベルギー発のものが多かった。安価で出回るアメリカンコミックの訳本の雑多性とは対照的だった。大人向きのカリカチュアなどは確かに下品なもの過激なものも出回っていたが、子供向きのものは、「暴力を誘発する」などが検閲基準に入っていたそうだけれど、概して「勧善懲悪」だから、そんなにひどくはなかったと思う。

でも、確かに、日本のマンガ市場のすごさなどとは程遠かった。
貸本屋文化というものがあったから、私と兄は毎月発行の少年雑誌少女雑誌10冊ほどを付録と共にほとんど全部読んでいた。ピアノの先生のうちの近くなので行く前に借りて待ち時間に読み、帰る時に返すなんてことも普通にあった。貸本マンガというのもあって、梅津かずお本などたくさん読んだ。今でもトラウマになっているくらいの恐怖シーンもあったけれど、誰にも「検閲」などされなかった。貸本屋の主人はさすがに私の母に「お宅の子はマンガしか読まないけれど大丈夫なのか」と言ったそうだ。
私たちはすべての自由を与えられていて、特に私は物心つく頃から厖大なストーリーマンガをひたすら描き続けていた。マンガ週刊誌は少年サンデー、その後のマガジン、少女サンデー、マーガレットなどみな創刊号から(これは買って)読んでいた。
それが「ガロ」になり、「ビッグコミック」になった。
キン肉マン、北斗の拳、らんま1/2なども全巻呼んでいたのでフランスの若者とも話せたし、ビッグコミックとオリジナルは今でも不定期に読んでいる。そのおかげで「あかぼし俳句帖」で句会を知り、北大柔道部や七帝の大会も知り、釣りバカや六平太でサラリーマンの世界も知った。中国や日本の歴史ものもビジュアル化できた。
今はネットで日本の多くの雑誌のマンガが読めているし、各種のサイトやブログで、毎日見ている猫系マンガブログはもちろん、異国で暮らす日本女性の育児とか、親や夫や姑との葛藤に苦しむ女性の生活についても、昔は想像もつかないくらいに視野が広がった。

それにしても、今の子供たちは、それに加えてゲームの仮想現実もあるし匿名SNSの暴力性にもさらされている。
もう「検閲」がどうのこうのという次元ではなく、ある意味ではすべてが「汚染」されているのは単に自然環境だけではない。最後の砦は「家庭や学校」というわけだろうが、それも、親や教師がすでに受けている汚染をまず自覚して除去するのが必要だが、簡単なことではない。

私が日常的にできるささやかなことは音楽の喜びを伝えることぐらいだ。孫くらいの年の生徒たちを通して、子供くらいの年の生徒の親たちとも価値を共有できることから元気をもらえるのに感謝している。



by mariastella | 2021-10-16 00:05 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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