バダンテール夫妻のこと
バダンテール夫妻についてはこれまでにいろいろ書いてきた。
ロベール・バダンテールについてはなんといっても、欧州先進国の中で死刑廃止が遅れていたフランスで、1981年のミッテラン政権の法相として死刑廃止を実現させた時の演説が有名だ。下の記事に日本語訳のリンクが貼ってある。 私も死刑廃止論をさまざまなところで書いてきた。 情緒的には、 「あなたやあなたの大切な人を殺した殺人者をあなたの国が必ず裁いて殺します」 という国よりも、 「あなたやあなたの大切な人がどんな罪を犯しても、あなたの国はあなたやあなたの大切な人を殺しはしません」 という国に住みたい。 みながどうしていつも被害者側に立って怒れるのか私には分からない。 誰でもひょんなことで加害者や加害者の家族になるかもしれない。 しかも、「冤罪」というのはいつも存在する。 死刑がなければ少なくとも「冤罪」によって国から殺されることはない。 同時に、フランスのこの死刑廃止後でも、戦争状況は例外となっている。 「死刑廃止」は、「戦争廃止」とペアにならない限り、「人道」に反すると思う。 今のフランスは、大量殺人のテロリストも死刑にはしないけれど、核兵器も持っているし、兵器をせっせと輸出している。 日本はまだ死刑制度が残っているけれど、少なくとも表向きは戦争放棄で「自衛」軍しかないことになっている。 どちらも「残念」だ。 妻のエリザベト・バダンテールについてはもちろんフレンチ・フェミニズムの旗手としてずっと評価してきた。 でもこの夫妻が超富裕層であることに若干の違和感も抱いてきた。 彼女が、母性神話を糾弾し女性の自立の側に立っているのに、子供たちや孫たちとの充実した生活を隠さないことにも。 でも、最近、死刑廃止から40年ということで、ロベール・バダンテールの戦いのドキュメンタリーを見て感動した。 特に、彼が15歳の時に父親がゲシュタポに逮捕されてそのまま収容所に連れていかれて殺されたという過去が生々しく、ナチスの悪法も法であるというのは絶対に許されないという確信がよくわかる。死刑廃止への一貫した戦い、殺人犯への熱い弁論なども胸を打つが、そのことで、彼も妻子も夥しい脅迫を受けていたことをはじめて知った。SNSがない時代とはいえ、子供の名や学校まで特定されて、殺してやる、と言われたのだ。それでもずっと夫の信念を支え続けてきたエリザベトはすごい。でも、やはりよほどのトラウマが残っている様子だった。 死刑廃止を実現させた後も、それまでは死刑確実だった「警官殺し」で二人の警官を殺した殺人犯が終身刑になっただけの時、民衆だけでなく警官たちも怒りのデモを繰り広げた。 極めつけは、リヨンでバダンテールの父親を死に追いやった責任者でもあるナチの将校クラウス・バルビーが逃亡先のボリビアからフランスに移送されて裁かれた時だ。 戦後のフランスでは欠席裁判により死刑判決を受けていたバルビーは、改名し、ボリビア国籍を得ていて、アメリカと軍事政権との事実上の庇護を受けて大金持ちになっていた。 1984年に裁判がはじまったけれどすでに死刑制度は廃止されている。 殺人によって殺人に報いることを拒否するバダンテールの決意は変わらなかったけれど、これは彼にとってもつらい試練だったろう。 同じくロシア-ユダヤ系(母親はカトリックだったが結婚でユダヤ教に改宗)の家庭出身のエリザベトの方は、1944 年生まれだからユダヤ狩りの直接の記憶はない。大手の広告会社で巨万の富を築いた父親は、パリがドイツに占領された時にロンドンに亡命し、レジスタンスの一員として戦った英雄でもある。ミッテランとも親しく、そのサークルでエリザベトとロベールは知り合った。 もちろん、苦境にあり、罵倒や脅迫にさらされていた時も、生活の心配はないし、セキュリティも万全にしたり子供たちを安全な場所に移すなどできただろうけれど、自分の使命に突き進むばかりの16 歳年上の夫(ロベールは女優との離婚歴がある)をいつも支えてきたエリザベトは大したものだ。「戦友」というしかない。 2人は93歳と77歳で今も頭脳明晰だ。 エリザベトの本をもう一度読み返してみたい。
by mariastella
| 2021-10-17 00:05
| フランス
|
以前の記事
2026年 06月
2026年 05月 2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月
カテゴリ
全体
雑感 宗教 フランス語 音楽 演劇 アート 踊り 猫 フランス 本 映画 哲学 陰謀論と終末論 お知らせ フェミニズム つぶやき フリーメイスン 歴史 ジャンヌ・ダルク スピリチュアル マックス・ジャコブ 死生観 沖縄 時事 ムッシュー・ムーシュ 人生 思い出 教育 グルメ 自然 カナダ 日本 福音書歴史学 パリのオリパラ 人生観 日本とフランス 未分類
検索
タグ
フランス(1380)
時事(824) 宗教(757) カトリック(672) 歴史(440) 本(316) アート(256) 政治(227) 映画(188) 音楽(162) 哲学(114) 日本(112) フランス映画(111) フランス語(97) コロナ(85) 死生観(63) 猫(57) フェミニズム(50) エコロジー(48) 思い出(43)
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||