フランスの大統領選が7ヶ月後に迫ってきたので、いろいろな世論調査があるけれど、5年前にマクロンが社会党から出て共和党を巻き込むという旋風を起こしたせいで、今や、右派と左派と中道、極右、極左の区別が混乱してきた。昔は「国民戦線」の極右だったル・ペンが、娘のマリーヌが「国民連合」に改名したソフト路線で「普通の右派」になったことで右派が分断されたり、フランス人のフランスを取り戻すと主張するエリック・ゼムールが「ポリコレ」無視で人気を獲得したり、「スイカ」(外が緑で中身は赤い)と言われる緑の党エコロジストが左派の票を集めたり、これからまだまだ状況は進展するだろう。毎回「番狂わせ」が起きている。
ただし、フランスは、「モラル」的には、右も左もユニヴァーサリズムを掲げている。フランス革命のアイデンティティであるユニヴァーサリズムの共和国主義は譲れないところで、アメリカ風のコミュニタリアニズムと対極であるのは変わらない。
とはいっても、プラグマティックな政治、政策、戦略のレベルでは、ユニヴァーサリズムの博愛主義でやっていけるわけもなく、政治的には、左派がユニヴァーサリズムで、右派がシンギュラリズム(サンギュラリスム)ということになっている。
シンギュラリティと言うと人工知能の特異点シンギュラリティを連想するかもしれないけれど、ここでいうのは「特性、特異主義」というか、博愛よりも国家の存続と防衛が優先するという立場だ。
近代ユニヴァーサリズムの実際的な限界、難しさは、世界的な貧富の格差や搾取、グローバリゼーション、資源の争奪、経済成長の追求、環境破壊などによってすでに明らかになっている。それでも、理念としての普遍主義を持ち続けることの必要は絶対にあるわけで、それを単なる偽善とかお題目にしてはならない。
フランスが一体どこまで持ちこたえるのか見てみたい。
(下は、半年ぶりに更新したトリオのブログです。日本でのコンサートはいつ再開できるかまだ目途がたっていませんが、新企画がいろいろあります。考えたら、仲間と知り合ったスペイン公演(当時は8人のアンサンブルでした)以来、ちょうど30年が経過しました。どうしてそんなに長く続いているのかと質問されましたが、音楽と美についての絶対の信頼で結ばれているからということにつきます。)