秋の新学年から新しい生徒が増えている。
そのうち7 歳のI 君は、父親が児童保護のNPOの代表で、母親は、母子関係のコンサルタントのような仕事をしている。
I 君は年より小柄で、ハーフサイズのギターで教えても姿勢を保つのに苦労する。
眉を顰めるような難しい表情をしていて使う言葉も大人っぽいので、彼を何とか笑わすことができるとほっとする。
最初は父親同伴だったけれど、はじめて両親がそろって迎えに来た時に、初対面の母親が、「I は最初にここに来た時から、翌日にはすぐにまた行きたいと言ってました、ここに来るのはI の一週間の《太陽》なんです、」と私に言った。
嬉しい、光栄、というより驚いた。I君は「なつく」というタイプとは、ほど遠かったからだ。7 歳の子供が10倍も年上の「先生」に一目ぼれ状態ってあるのかなあ。
まあ私は、レッスンの時には生徒のために全神経を集中しているし、使命感もあって喜びもあるから、感受性のある子供はそれに気づくのだとは思う。家族や友人などのサークル以外の「大人」で、ボランティアで子供に尽くす人と子供とが出会う機会が少なくなっているのかもしれない。
で、そんな子供たちに時々使うのがディズニー映画の音楽だ。
ウォルト・ディズニーに関しては、キャンセル・カルチャー風に言うと、いろいろな政治的思想的偏向が取り沙汰されてもいるが、アニメの音楽については特に考えたことがなかった。
ディズニーソングをアレンジした初心者向け連弾曲(ピアノ)の本を日本からたくさん持ってきていて、よく使うのだけれど、その中の最も初心者向きなのが『白雪姫』の7人の小人が歌う『ハイ・ホー』だった。
ところが最近、そのメロディーが「ヒトラー・ユーゲント」の歌のメロディーだというのを耳にした。その後で裏を取って確認したわけではないのだけれど、そう言われてみればなんとなくぴったりくる気分だ。
もともとキャンセルカルチャーのやり方には賛成ではないし、真に教育的な意味があるのか和解につながるのかなどを検討せずに十把一絡げにするのはどうかと思う。
ヒトラー・ユーゲントはナチス党内組織のひとつで当時は10歳以上の全ての青少年の加盟が義務付けられていたのだから(そのせいでベネディクト16世を批判する人もいた)、子供にはもとより責任のないことだ。
でも、「ハイ・ホー」の掛け声、7人の小人という形象、白雪姫の白さのシンボルなどが微妙にヒトラー・ユーゲントの洗脳と重なって、なんだかすなおに歌えなくなった。生徒にも無邪気な感じで教えられなくなった。
メロディやリズムや楽しさが変わるわけではないのに、「知ってしまったら」受容の仕方にバイアスがかかるということを実感したことで、いろいろと考えさせられる。