ジャン=リュック・イエネールの『マスク』10/13、「行きつけ」の(はずの)パリの劇場でお気に入りの劇作家で役者であるジャン=リュック・イエネールの『マスク』を観に行った。 ![]() なんと、Théâtre du Nord Ouestに行くのは丸3年ぶりだった。 本物の劇場でライブを観ることすら、このブログの演劇カテゴリーに書き留めたものとしては、2年前の東京のスーパー歌舞伎以来のことだ。 Théâtre du Nord Ouestもコロナ禍でずっと閉鎖されていて、ジャン=リュック・イエネールもすでに70代だし、ひょっとして立ち直れないかもと心配していたし、劇場が地下で換気が悪そうなのも感染対策としてなんだか恐ろしそうだし、もう案内も送ってこないこともあって、足が遠のいていた。 でも検索したら、イエネールは不死身で、「マスク」という戯曲を書き下ろし、主演しているのが分かった。マスク着用が戸外も含めて至る所で義務化した去年の夏以降に書き下ろしたようで、一時期劇場が開いた去年の10月に初演したそうだ。でもその頃は観客数制限、座席の間隔をあけるなど細かい規定があった上に、夜間外出規制が出て、上演も思うようにはいかなかっただろう。しかも結局、すぐにまたすべての文化施設が8ヶ月閉鎖されるという騒ぎになった。この夏から閉鎖が解かれたけれど、劇場内のマスク着用などの義務化は続いていて、7月下旬からはサニタリー・パスの提示が義務化された。
私はそんな雰囲気が全て苦手で、自分の出演するコンサートや友人の個展、図書館など以外、「文化施設」にほとんど足を運んでいないままだ。去年の秋に閉鎖される直前に一度だけ映画館に行ったけれどマスクや座席のバツ印などはやはり気分が悪かった。
で、そんな状況で、イエネールの『マスク』。マスクをつけないことを何度も通報されたジャーナリスト(フィガロの文化欄記者という設定)がとうとう警察に召喚されて、このままだと罰金の他に刑務所入りのリスクもある、と説得されるというシチュエーション。ジャーナリスト警察官がそれぞれの立場で議論を戦わせるという筋だ。
彼の書下ろし・主演作を観るのは4年ぶり。 劇場のネットの案内には、条例で決まっているサニタリー・パスの提示が言及されておらず、「インフルエンザ予防のために希望の方には消毒用ジェルとマスクをお分けします」とのみある。
私はイエネールのファンなのでとにかく行ってみる。 久しぶりのフォーブール・モンマルトル通り。 ![]() ![]() 飄々とした足取りでやってきてチケット売り場に立つイエネール。マスクはつけていない。 ![]() こちらは一応遠慮して、マスクをつけたまま、「マスクをつけなくてもいいんですか?」と聞くと、「好きなように。ここは自由の場所ですから」と即答。ロビーにいる人も誰もマスクなし。 劇場が閉鎖中もずっと稽古などしていた、何も怖くなかった、と言う。 頼もしい。ぶれない。 フランスでは外出規制もマスク着用も、みな135ユーロの罰金の対象で、「再犯」は罰金も吊り上がるし、懲役刑も視野に入る。 劇のセリフにもあるように、ほとんどのフランス人は、コロナよりも罰金が怖くてマスクをつけているのだ。
劇中では反骨のジャーナリストがマスクをつけている相手とは議論できない、というし、「水を飲んでいいか」ときいてからわざわざコップを二つ持ってきて警察官に勧めたりする。マスクの下の顔を見なければコミュニケーションは不可能だと。 このジャーナリストを書類送検したら、スキャンダラスな記事を書かれる可能性は大きいから警察官もことを穏便におさめたい。法律や条例に従い、従わせるのが彼の義務だから、スルーはできない。 どちらに正義や道理があるかというような問題ではなく、立場の違いと、世界中に広まった未曽有のパンデミックということで、「正しい答え」はあり得ない。 でもどちらも相手の言い分をきっちりと聞くマナーも分別も備えている。相互のリスペクトも感じられる。 で、最後に、警察官がジャーナリストにマスクを渡し、とにかくこれをつけて、ここから150m か200m離れてくれ、マスクなしで出ていくとすぐに尋問されるから、充分遠くに行ってから、別の警察の管轄で好きなようにやってくれということだ。 ジャーナリストは、一つ条件を出す。それは警察官がマスクを外すことだ。 2人の他に誰もいない部屋だし、それなりの距離もとっている。 常識的に何のリスクもない。 彼がマスクを外したことは絶対に口外しないとジャーナリストはうけあう。
で、取引が成立。 ジャーナリストはマスクを手に取って口元を覆う。 警察官はマスクを外す。
ジャーナリストは思わず「あなたは男前だ」という。 それは、1時間もマスク姿の警察官を見ていた観客にとっても新鮮な衝撃だった。 マスクを外した時に、マスクによって失われていたものが何だったのかが明らかになるのだ。 警察官のちょっと共犯じみた笑顔が、どんなセリフよりも雄弁に何かを語っている。
日本では緊急事態のどんな「要請」にも罰則はないのに、みんながマスクの「凛々しい」姿にすっかり見慣れると、マスクなしの顔の下半分の露出を見るのに抵抗がある、という人がいるそうだ。 表情のインパクトってやはりすごい。 イエネールの「レジスタンス」には敬服。 劇中で、自分はカトリックだと言い、教会の弱腰も批判している。 実際の彼が、去年の秋からこんな風にマスクなしで過ごしていたのかどうかは知らない。でも、この芝居で人と人をつなぐ彼のメッセージがはっきり伝わる。(今のパリ地方は、屋外のマスク着用義務はなくなっている。でも、お店の中や交通機関の中、駅の構内などは罰則付き義務があるので、たいていの人はマスクを顎にずらして歩いていたり、ポケットに入れて歩いたりしている。) 今回の上演は小ホールの方なので、いつも通り、目と鼻の先で展開されるドラマだ。 観客は私を含めてたった6人。 今シーズン、彼の作品をもっと観に行こうと決心する。
by mariastella
| 2021-10-25 00:05
| 演劇
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