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L'art de croire             竹下節子ブログ

マイケル・バリー『アフガ二スタンの叫び』

マイケル・バリーというアメリカ人学者がフランス語で執筆した『Le Cri afghanアフガニスタンの叫び』が発売されている。



バリー氏は2006年にカブールに創設されたアメリカン・ユニヴァーシティの学長に当たる人だった。プリンストン・ユニヴァーシティの教授でもある。

その彼がラジオのフランス・キュルチュールでインタビューに答えたのを聞いて、「目からウロコ」のいろいろな窓が開いた。

ひとつは、バリー氏がアメリカの各国への「干渉」が植民主義、帝国主義だと認めていること。第一次世界大戦以来、アメリカは「ローマ帝国」のように振舞ってきたし、今では「没落寸前のローマ帝国」だが、まだそのように振舞ってきた。

アフガニスタンからの撤退を決めた時、カブールのアメリカン・ユニヴァーシティも、学生、アフガニスタン人の教授陣や職員をアメリカに亡命させることを考えた。

アフガニスタンでは、過去の富裕層、エリート層はすでに亡命しているから、アメリカが、民主的な、人権など普遍価値を掲げる新しい未来を担うエリート層を現地で養成しようとしてこの大学を立ち上げた。中流階層出身の学生数は600人で男女半数ずつ、もちろん混合クラスだ。

タリバンが侵攻し、国を離れようとするアフガニスタン人が空港に殺到し、飛行機につかまって振り落とされるなどの悲劇の最中に、アメリカン・ユニヴァーシティの学生らも何とかバスを連ねて空港まで送りだされた。しかし、彼らは米軍兵士から乱暴に拒絶された。

バリー氏は、これを恥じ、アメリカにとって、普遍価値の教育やアフガニスタンの未来など最優先時ではなかったのだと悟る。

アメリカは、自分たちが破壊しつくしたアフガニスタンの「復興」をマーシャル・プランの成功と重ねていた。問題は、多額の「金」がどこに渡ってどのように使われているのか全く不透明であったことだ。

私が注目したのは、バリー氏が、マーシャル・プランがヨーロッパという地域であったから機能したこと、第二次大戦の敗戦国ドイツと日本では「占領」(これも植民地主義、帝国主義にのっとったものだ)がうまくいった、セキュリティや分配などを「現地」のシステムに任すことができた、という例を挙げていることだ。

本来「植民地」政策にはある「契約」が前提となっている。植民する国は、植民地のインフラを整備し、生産力を高め、その代わりに植民地の資源を調達できるというものだ。

日本やドイツでは、その「資源」とは、米軍基地という「土地」だったのだろう。


イラクやアフガニスタンの駐留が失敗した理由には、その国がすでに内戦状態で荒廃していたり、もともと他部族国家だったりということもある。アフガニスタンの場合はその地形的理由から、「都市部」と山間部の地方では、経済実態も生活様式もメンタリティも全く違う。

山村においては、男女の隔離が厳しく、そのベースにはともかく未婚の女性の純潔を守るという価値観がある。タリバンは「女性を守る」ことでコンセンサスを得ていた。女性が自由に街を歩き、植民者である米兵やその関係者からセクハラを受けるという状況を打破して女性を性被害から守る、のがシャリア法だというわけだ。「守る」ことと「閉じ込める」ことは別だろうと言いたいが、沖縄においても、米兵による日本人女性への性犯罪などが治外法権状態になっているのが大問題であることにも思いが至ってしまう。

アフガニスタンの悲劇は、ソ連共産圏と国境を接していたという地政学的条件にもある。

それにしても、「アメリカ帝国」が、ドイツと日本での「成功体験」を無邪気に信じてベトナムやアフガニスタンやイラクの「復興」を助けられると思ったというのは驚きだ。

しかもその中では、文化の土壌も違いキリスト教ルーツもない日本という国、しかも、原爆投下までした国での成功体験が大きな自信となっている。言い換えると、アメリカをここまで「世界の警察、民主主義の指導者」だと思わせてきた理由の一つに日本の特殊性がある。

明治維新により一神教をモデルにした「国家神道」の「市民平等で天皇の赤子」政策も、その前の仏教檀家制による統治策も、仏教到来によって典礼化されるようになった神道も、実はみな「表層」であって、日本人の深層って、ひょっとすると昔ながらの「ユルイ自然宗教」「お天道様と祖先を戴く多神教」のまま変わっていないのかもしれない。

ドイツの悲劇は古層にあるゲルマン神話的なものがナチスドイツの国家主義と結びつけられたところだったけれど、それが否定されると、その前の欧米「キリスト教」的コンセンサスに割とすんなりと戻ることができた。

イスラム圏でも他の非キリスト教圏でも、「欧米価値観である普遍主義を押し付けるな」という声が必ず上がるわけだけれど、そもそもの成立から政治や法律が宗教の一部分になっているイスラム教を掲げてしまうと、「欧米普遍主義」対「イスラム」という構図になりやすい。日本でも、欧米の価値観を押し付けるな、などと言われることがあるけれど、「普遍主義」が「仏教」やら「神道」やら「先祖を祀る」ことの具体的な否定となっていないのは自明だ。というより、キリスト教と政治が結びついたことへの反動として近代革命などがあり、政教分離があり、「欧米普遍主義」ができたのだ。宗教の縛りが緩い今の日本にはそれを積極的に否定する理由がない。国内の「上下関係」の伝統を脅かすという点では「不都合」かもしれないけれど、「欧米普遍主義」を盾に取れば、人種差別や文化圏差別を拒絶できるのだから、日本にとってはプラスになる。

そもそも日本という島国の文化は、文字をはじめとして大陸からの文化を吸収し、積極的に取り入れに行って、自国内で発酵させたというものが主流だった。16世紀半ばと19世紀半ばに、「欧米文化」や「文明」がたどり着いた時も、ある意味でそれを同化するスキルが伝統的にあったのかもしれない。

偉大なペルシャ文明にイスラムがもたらされた時も同じようなインカルチュレーションがあった。

でも、同じ文化圏であったはずのアフガニスタンの部族文化は、同じ道をたどらなかったし、いつも、周りの「大国」の都合に翻弄されてきた。


とはいえ、すべての人間の尊厳と平等、拷問の禁止、奴隷制禁止など「基本的人権」は、人間の根本的な「普遍性」の目指すところとして、あらゆるところで絶えず進めていくべきだとバリー氏は言う。暴力、恐怖による従属の強制や差別の担保に宗教を使うのは最悪だ。

(続く)


参考)






by mariastella | 2021-11-11 00:05 |
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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