11/3にパリのソルボンヌ大学で、その後の2日間はカトリック系コレ―ジュ・ベルナルダンで、パリの守護聖女である聖ジュヌヴィエーヴに関するシンポジウムが開かれた。祝日が11月にあり、去年が生誕1600 年だったのだけれど、コロナ禍ですべての行事が延期されていた。
開催日には、パリ市長のアンヌ・イダルゴもパリ大司教のオプティ師も出席した。
イダルゴはカトリック文化圏のスペイン出身でカトリック教育を受けてきた人だが、無神論、不可知論が無言の建前である社会党の政治家だ。でも彼女は、実は2018年にオプティ師が大司教に叙任された時のセレモニーにも出席している。パリはカトリック教会によって発展した都市であること、パリのカテドラルで起こることは多くのパリ市民の関心事であること(実際、翌年のノートルダムの火災ではそのことが露わになった)から、出席は当然だと言っていた。
カトリックの「普遍主義」や「人道主義」にも賛同している。
シンポジウムはパリの歴史とジュヌヴィエーヴについてだけでなく、パリが疫病などの危機にある度にその聖遺骨の行列がなされたり、近年にその信心が復活したりした背景など、「パリ市」の精神史を扱うものだ。
フランスはもともとパリを中心にした中央集権的な国のまま形成されてきたので、(パリ近郊)ナンテール生まれのパリの守護聖女というのは、パレスティナ出身のノートルダム(聖母マリア)よりもアイデンティティの助けになるのかもしれない。
少し羨ましい気もする。
私は、日本で平安京の遷都1200年に京都に行ったし、平城京遷都1300年祭の奈良にも行った。楽しかったけれど、ちょっとしたタイムトラベルかテーマパークのようなイメージもあった。
天皇が東京に「遷都」したのはたった150年ほど前で、その半分は、軍事外交案件として怒涛の歴史だったし、同時に作られた靖国神社も、「護国」機能どころか今も国際的な政争の種になっている。
もちろんパリも、百年戦争からフランス革命、ナポレオン、ドイツ軍占領などいろいろな歴史をくぐり抜けてきたのだけれど、今でも、1600年前に生まれた守護聖女崇敬の足跡をたどれるし、中世からの歴史建造物を訪れることができるし、それが政治抗争の種にはならない。
それに対して、東京って、フランスの若者のイメージでは「秋葉原詣で」を連想してしまう。
京都も外国人観光客に人気だけれど、日本のインバウンド経済の「守護」という雰囲気だ。
日本で今度文化庁が京都に移転するという話を聞いたが、それがどういう意味を持ってくるのかぜひ見てみたい。