フランスの大統領選に出るとかで、今、急激に一部の人気を集めているエリック・ゼムール。
フランスのトランプとか、インテリのトランプなどと言われているようだ。
中道化して票を失い始めているマリーヌ・ル・ペンの国民連合に代わって、アンチ移民、フランス・ファースト、フランス文化への統合政策を掲げて、ポピュリストだと言われている。
「見た目」が私の嫌いなタイプなのでメディアに出てくるとげんなりするけれど、ある意味でとてもフランス的、共和国的な人でもある。トランプなら金髪碧眼、典型的WASP風だけれど、ゼムールは祖父の代にアルジェリアからフランスに渡ったユダヤ人だ。
祖父は名前もフランス風に変えた。その頃のアルジェリアはフランスの植民地で、ユダヤ人はムスリムと違ってフランス人と同じ権利を与えられていた。
しかも、ゼムールは、アラブ系ユダヤ人でなくベルベル系ユダヤ人で「地中海系白人」の「仲間」だ。
モロッコやチュニジアからフランスに渡って「フランス化」した人が出身国から揶揄したり批判されたりするのと違って、アルジェリア出身のフランス人はまた特殊なアイデンティティを持っている。
で、ゼムールが言うように、彼はフランスの公教育を受けるのと並行して、ユダヤのシナゴクにも通って宗教教育も受けたけれど、ユダヤ教とは「信仰」ではなくて「儀式」「典礼」「慣習」の体系なので(ゼムール自身の言葉)、フランス文化の基礎をなすキリスト教やカトリックと自然になじんだ。フランス文学を学ぶことで「フランス」の伝統擁護者となったわけだ。
ところが、彼は政治学院で超優秀だったのに、なぜかENA(国立行政学院)の試験を2 度落ちてしまった。それがずっとコンプレックスになっていた。1981-85頃のことだ。その上、ジャーナリストとして成功した後も、フランスのエリートグループであるLe cercle de l'Union interalliée に入会を拒否された。(1917 年に結成されたもので、フリーメイスンなどよりよほど強力なロビーを形成している。軍人、業界人、貴族の男ばかりが正会員で、パリの一等地にハマムやプールもある建物を有しているサークルだ)
ゼムールはそこで講演した時、してはならない政治的プロパガンダをしたことで入会を拒否され、その後メンバーのことを「ヴィシー政権のブルジョワ」などというSNSを送ったそうだ。
こういう背景を見ると、現在ル・ペンからゼムールに乗り換えたような有権者というのは、アメリカのトランプの人気とは全く別のコンテキストにあると言えるだろう。
彼が実はエリートたちからの差別の対象になっているのか、資産との関係も含めて、「フランスらしさ」「フランス・ファースト」がどう作用するのかは興味のあるところだ。