フランス大統領選を念頭に、コロナ対策をはじめとする政策について多くの議論が日々なされる中で、強力なモーターがいくらあっても「gouvernail」がないのでは意味がない、という表現を耳にした。
フランス語でgouvernementという「政府」と言う意味で、gouverneurは知事。gouverner は管理するという意味もある。
語源的に、あるグループを進む方向へと導いていくという意味だ。
国債発行やばらまき政策でなく、対策の方向、これからの進路をどう決定し、変異種などの新たな情報にどう対応するかの微調整が常に求められている、という文脈なのだけれど、一瞬、日本語でgouvernailってなんだろう、と思って、グーグル翻訳に入力すると、「ラダー」と出てきた。
ラダーも、一瞬、何かわからなかった。結局「舵」という言葉で納得した。
で、これまで、遊覧船の操舵桿を握らせてもらうという「体験」も多少したことがあって、面舵と取り舵の区別も知っていたのに、実は、「舵」とは何か、どこについているのか考えたこともなかったことに気がついた。車だと、モーターはアクセルを踏んで起動させ、方向はハンドルを回して前輪の向きが回ることを知っている。でも、「流れの中を進む」飛行機や船の「舵」とは後尾にあって、その向きを変える棹が前についているのだということはなぜか意識したことがなかった。「常識」なのかもしれないけれど、私にはその常識がなかったわけだ。
Wikipedia を見ると、
舵の歴史として、「船首にも舵を設けることが実験的に行われたが、あまり効果がなく実用化されていない。」とか、
「また、船は舵を戻しても惰力により舵を取った方向に動き続ける(大日本帝国海軍と海上自衛隊では「行き脚」という)ため、取った舵と反対方向に舵を切って、船体が振れるのを止める「当舵(あてかじ)」を行う(自動車でいうカウンターステアに似る)。角度は5度が普通だが軍艦の場合だと戦艦は7度、その他輸送船などは10度が多く用いられるように、船体重量によって異なる。“右に当舵”なら航海士は操舵手に対し「面舵に当て」と指示する。」、
「これらの表現は航空機にも共通である。」など、いろいろ書いてあった。
スクリューとの関係とか、モーターのない帆船の舵とか、西洋で舵の発達が遅れたのは竜骨船だったからだとか興味深いことも次々と出てきた。竜骨船における「キール」の役割などもおもしろい。
そして、それらの知識を即席に得たうえで、もう一度、一国の政治や政策が国という大船をどこに向かって進めていくのか、モーターと舵の関係は、という比喩に戻ると、いっそう考えさせられた。
船の中には、モーターも舵もなく、他の船につながれて進む船もある。コロナ禍というのは一過性の嵐なのか、どの船もほんとうに同じ流れの中にいるのか、羅針盤やら天気予報にどこまで頼れるのか、など比喩のイメージも広がる。
それどころか、自分の人生の航海においても、モーターの具合と舵とり、目的地、空の様子と波風の状態、浸水していないだろうか、同乗者は誰で、いつまでどこまで行くのだろう、などまで考えてしまった。
言葉の喚起力ってすごい。