大学都市の日本館には、当時パリにいて日本人画家を支援していた薩摩治郎八が藤田嗣治に発注した「欧人日本へ渡来の図」(3×6m)がある。2年の年月をかけ、藤田が静かな肖像画風から「群像」表現へと移っていく時期を反映した貴重な作品なのだそうだ。
国際交流基金などによって2000 年に修復されたという。
この絵があるホールで講演したのだけれど、絵の全体の写真は撮れなかったので、ネットで検索したけれどいいものがなかった。
この方のブログを貼っておく。
この「欧人日本への渡来の図」は「西洋文明が東洋へ輸入されるという画題で、長崎の遠景を描いた」と言うことだ。長崎というと16世紀末以降の長崎の出島を思い出す。鎖国下で、西洋文化や事物の交易の場所だった。
この絵では上の方に船が見えることで、水平線の彼方が「欧人」の国なのか、それとも前にいる群像がこれから日本に向かうのか定かではない。
しかも、みんなかなり厳しい顔をしていて、そうでなければ、無表情だ。子供連れの母親もいるのだけれど、母子とも、やさしさや微笑みもない。なぜだろう。唯一、リラックスしている表情なのは「フジタの猫」。