3ヶ月後に迫ったフランス大統領選、出馬の意思を表明している人の数も増えた。正式に大統領選の候補者として公認されるには、市町村の行政長による推薦が必要だ。
泡沫候補や売名候補を防ぐためである。
(毎回、この方式を変更する議論が持ち上がっていて、今回も論議されているが、極右候補も極左候補も必要数を獲得する問題がないようで、これを書いている1/12の時点では変更はない)
日本の選挙では、それを防ぐために供託金というものがある。国会議員の候補となると数百万円のレベルで、結果として一定数の票を集められないと没収される。だから金持ちではない個人の政治趣味をブロックする効果はあるだろう。逆に、政治理念があっても、資金力がなければ、供託金も選挙運動費も出せないわけで、先に多くの人の共感を得て寄付してもらえる以外は難しいだろう。
フランスにも昔は一定の供託金風のものはあったけれどとうに廃止され、戦後ずっと続いているのが、市町村の「長」からの推薦要請だ。
500人以上の長による推薦が必要で、それも、最低30の県を含んでいなければならず、一県内での推薦が50 以上あってはいけない。つまり、自分の出身の「地元」県だけで400人、他の29件で100人などというのはアウトということだ。人脈だけでなく、自分の公約などに賛成してくれるように広く説得する必要がある。
日本の「都道府県」や「市町村」の感覚からいうと、とてもハードルが高く聞こえるが、フランスには本土に95の県、海外県など入れて105県があり、市町村は、人口数百人というものも含めて2020年の時点で34888もある。その一つ一つに役所があり行政長がいるのだ。市役所、市長と日本語で訳されるmairieや maireはすべて共通の言葉で、規模の小さい村でも、何十万人の人口の年でも「共和国」的には平等だ。
なぜなら、フランス革命以来、いろいろな変化はあったものの、基本的に、「県」とは革命前の「司教区」であり、「市町村」とは「小教区」だからだ。そして市町村の行政長とは「教区司祭」であり、「県知事」は国から任命される「司教」に当たる。どんな田舎司祭でも、大司教でも、神に仕える代理人としては平等だ。
革命政府は、フランスの「国教」として津々浦々にあったカトリック教会のネットワーク・モデルをそのまま使ったわけだ。なぜなら、小教区が教区民の冠婚葬祭をすべて把握している唯一の場所だったからだ。だから、今も市役所に「結婚式場」があって、市長の前で結婚が宣言されるし、望めば、代父代母をたてて市役所での「洗礼」も頼むことができる。
この「洗礼」については、役所側には受け付けない自由もある。条例化されているわけではない。今は教会による結婚式や洗礼も自由だから需要は少ないだろう。市役所の結婚証明書がなければ教会の結婚式を挙げられないようになっている。
日本でも、江戸幕府は檀家檀那寺の制度で戸籍を管理してきたわけだけれど、300年ほどだし、その後、強引に国家神道に舵を切った。それは崩壊したけれど、氏神を擁する氏子の団体や町内会の縛りが強固な場所もあるし「大統領選」のない議会民主制だ。
日本人がフランスの大統領選を観察するのにはいろいろな注意が必要だとあらためて思う。