1/19、ストラスブールのEU議会で、13 年に一度めぐってくる半年間のEU議長国にフランスが当たったのを好機としたマクロンが年頭の演説をした。例のごとく雄弁を披露したのに、その後で、自国の極右議員らからやり込められていた。特に、マリーヌ・ル・ペンの国民連合の若きプリンスであるジョルダン・バルデラが、マクロン(とその一味)のせいで、ヨーロッパは「ワシントンの裏庭、北京の餌食、エルドアンの足ふきマット、アフリカのホテル(もちろん難民、移民のこと)になった、と並べ立てたのには笑えた。(この22秒くらいから)
フランスは極右も極左もEUが連邦化して各国の主権が制限されることに反対している。
EUと新自由主義市場となったその変化については、話すと長くなるので触れないが、思えば、そもそも、EU離脱派の立場の人たちがEU議員に選出されている構造もねじれている。
で、マクロンは、議長国大統領としてフランスのイニシアティヴ、リーダーシップなどのパフォーマンスをしたつもりだったのに、自国の議員から批判される場になったのは気の毒というか藪蛇というか…。
さすがに、その場は国内政治の議論の場ではないということで、議長から注意を受けておさまったけれど議長国大統領がこうも自国内でやりこめられたのだから、演説の内容よりそのことの方がニュースになった。
それにしても、まだ26歳のバルデラは、今やルペン女史のスポークスマンとしてメディアに出まくっている。
ルペン女史の姉の娘の連れ合いになっていて、「家族」として特別扱いを受けているという嫉妬も内部にあるようだ。
自らも「イタリア系移民」の子弟で17歳の時に国民戦線の支持者になったというから筋金入りだ。バカロレアの高得点からみても優秀な人物だけれど、政治に専念するために大学を中退している。
論争において失敗するルペン女史を支えてきた片腕としては、今やなつかしいフロリアン・フィリッポという人がいた。彼はルペン父と娘のマリーヌを分けて、極右のイメージを塗り替えようとした。女子よりも20歳若い。
この彼も、2014-2019年までEU議員だった。でも、2017年、マクロンがルペン女史を敗退させた年、自分で「愛国党」を立ち上げることになった。
その後、政治的には失速していたけれど、コロナ禍で政府の出す活動制限やらサニタリー・パスやワクチンなどの政策を「自由の侵害」として反対デモに参加することでまた近頃顔を見かけることになった。
だからもちろん、フェイクだの陰謀論者だのというレッテルも貼られているのだけれど、この人も、若いバルデラも、頭はいいし、情熱はあるし、自説を述べている時には整合性がある。
日本の「ナショナリスト」の多くがいつも繰り返すような決まり文句ではなく、うまく組み立てられている。
コロナ禍でフランスの大統領や政府の人間たちがみな冷静を失って声を荒げたり、恐怖を煽ってパニックを誘導したりするのと、うまくコントラストを演出しているともいえる。
しかも、コロナ禍で次々と打ち出された「予測」や「対策」について、政府や関係者が決して「過ちを認めて反省」することなくアナクロニックな言説を重ねるので、冷静で客観的で俯瞰的な言葉はメディアの表舞台から追われる現状だから、イデオロギーと関係なく「中身がある」言葉は貴重だ。中身がなくても、バルデラは、近頃は顔を見るのもうんざりしてきたマクロンの一人芝居の後で笑わせてくれたのだから意味はあったかもしれない。
そういえば、米中トルコ、アフリカはいいとしてロシアのことに言及しなかったのが残念だ。
EUがロシアの「何」に成り下がっているのか、聞いてみたかった。