昨日の記事のまま終わると、なんだかEUを笑っているだけの印象になるかもしれないので、多少追加。
マクロンもEUのキリスト教ルーツ(と言っても、キリスト教そのものが、ユダヤ発新宗教がローマ帝国のヘレニズム社会に広がったものだから、「ギリシャ=ローマ、ユダヤ=キリスト教」ルーツということだが)を認めているわけだけれど、実際は、いったい何が起こっているのかを見てみよう。
マクロンのほとんどすべての言説にも共通することだけれど、
今のEUとはひとつの「レトリック」に成り下がっている
という現実がある。
で、EU諸国の、特にポピュリズム政治家にとっての今EUの主要な役割とは、ずばり「スケープゴート」ということだ。
国内政治でうまく行かないことがある度に、スケープゴートとして糾弾されるのが、「外国人(移民)」とEUという二つに集中している。
EUそのものが、冷戦後の世界のグローバリゼーションに、その理念を適応させないままで「レトリック」としてだけ温存された。しかし、運営の実態は、実際、新自由主義の競争原理の優先でしかない。
昨日の記事で、極右議員がマクロンのフランスを揶揄する時「ロシア」に触れなかったと書いたが、そもそも、冷戦後のロシアに対して、EUは政治的に対等な場所を与えてこなかった。見下していたと言ってもいい。エリツィンはそれを甘受していたが、プーチンには通ずることなく、満足な外交を築くことはできなかった。
それはイランや中国に対しても基本的に同じだ。
EUの基本理念は、フランスが主導した。
「根強い紛争の解決」を図るフランスの手際は、すでに17世紀のウェストファリア条約(1648)に端を発する。神聖ローマ帝国圏やスペインの紛争解決というイメージのためによく見えないフランスの役割を説明するのはまた別の機会にする。でも、ヨーロッパのような狭い場所で言語も文化も民族もいろいろな権力者たちが繰り広げる「殺し合い」をストップする、という知恵とテクニックの伝統があったからこそ、20世紀の二度の大戦の後すぐに、独仏が同盟してEUの基礎を作ったのだ。(もとより、ナチスは、ウェストファリア条約こそがドイツを縛る悪の根源だとして侵略戦争を開始した。ユダヤ人排撃も、16-17世紀の宗教戦争の矛を収めたウェストファリア条約の遺棄があったからこそ歯止めがなくなったともいえる)
しかし、ウェストファリア条約からその破綻とEU誕生を隔てる数世紀よりも、EU誕生後の60年、特に冷戦後のわずか30年に、世界情勢は激変している。
「移民」という概念を根本的から変革しなくてはならない。
移民の「本国」と移民先の国、そして「平等な尊厳を持つ個人」としての一人一人の移民、この三者にとっての「最善の策」を本気で考えなくてはいけない。
私が今も、フランスの普遍主義理念を擁護するのは、この普遍主義のおかげで例えばブルガリア出身のツヴェタン・トドロフや、イランにルーツを持つベルトラン・バディのような比較文化の視点を持った思想家たちが「最善」とは何かを考えさせてくれるからだ。
この30年、世界中の多くの政治家が、「金とメディア」がオールマィティであるかのように振舞い、それに行きづまると、強権と隠蔽と仮想敵への中傷によって「不都合」を隠蔽し続けるというシーンが繰り返されている。
そんな今こそ、フランスという国の普遍主義がまだ十分機能していて可視化されていた時代に移住した日本人として得られた知見を活かして、ヒューマニズムにおける「最善」とは何かについて考えたい。残された時間を有効利用しなくてはならない。