『ロング・エンゲージメント』
1/19、ガスパール・ウリエルがスキー場で衝突して死亡したということで、翌日にこの映画が放映されていた。
(彼と衝突したリトアニア人は無傷だったという。ウリエルはヘルメットを着用していなかった。同時期にスキー場にいた私の生徒のひとりは、彼女ら19人のグループでヘルメットを着けていたのは彼女一人だったという。彼女はよく父親のバイクの後ろに乗っていたのでヘルメット着用に抵抗がなかったのだろう)
で、普通なら観ない映画なのに、なんとなく見はじめたら、結局最後まで観てしまった。
ジャン=ピエール・ジュネという技巧的な監督と彼の『アメリ―』で一世を風靡したオードレー・トトゥのコンビの第二作なのだけれど、観ている間ずっと抵抗感があった。
ジュネのスタイルと、何度も繰り返して挿入される爆撃シーンや戦闘シーンの凄まじさを興味深いとは感じられなかった。WBが莫大な予算を投入したということで、後に裁判闘争になって「米仏合作」でなく「アメリカ映画」であるという判決が出ている。監督も撮影場所もスタッフも台詞もすべてフランス人にフランス語なのだから、「フランス映画」にしか見えないのだけれど、悲惨な戦闘シーンはやはりなぜかハリウッド戦争映画の雰囲気だ。私が普段なら意識して避けているジャンルで、爆撃、銃撃、自傷に至るまで血まみれと呻吟の世界だ。
「フランスのために突撃!」と塹壕を出る兵士たちを観ていると、「国のために命を捧げる」という若者の率が確か、日本に告いで少ないのがフランスだという百年後が信じられない。
第一次世界大戦の悲惨さ、愚かさなどを突き付けるこういう映画がもっと早く作られていたら第二次世界大戦も避けられたんじゃないかなとさえ思う。もっとも、この時のトラウマが、第一次大戦の英雄だったペタン元帥に第二次大戦で徹底抗戦しないままドイツ軍にさっさと妥協することを選択させたのかもしれない。
ウリエルの追悼番組というが、ヒロインのマチルドを演ずるオードレー・トトゥの方が明らかに目立つ。
ポリオの後遺症で片足を引きずっているという設定がユニークで、その一点だけで、ヒロインの独特の個性が光っている。ウリエルの演ずるマレクとの出会いや再会においても、意味を持つ。
芸達者で個性的な俳優がそろっているのはいかにもジュネ作品だが、ジュディ・フォスターが出てくるのが新鮮だ。マリオン・コティヤールの美しさも強烈だ。
マチルドが海岸でチューバを吹くのは、その音色が自分の気持ちに一番近いからだという。
そのブルターニュの海岸の風景も、マチルドが親戚の夫婦と暮らすのがレンヌ近郊らしいのも親近感がある。
ガスパール・ウリエルが特に名優だったとは思わない。彼よりも若く2014年に同時にイヴ・サンローランの伝記映画でサンローランを演じたピエール・ニネとつい比べてしまうからかもしれない。2人ともサンローラン役にぴったりの細身で繊細な雰囲気だ。
ピエール・ニネの得意とする癖のある役どころは、儚げなキャラのウリエルにはあわなかった、と思う。
でも、この映画では終始少年の無垢で透明な、天使のようなウリエルだからこそ、置かれた場所の悲惨さや暴力やらとのコントラストが生きている。
だとしたら、やはり、追悼番組として悪くはなかったのかも。(グザヴィエ・ドランの『たかが世界の終わり』も放映されたけれど、これは観ていたので今回スルーした。今思うと、なんだかいかにも、という役どころばかりだったなあ。)
(第一次世界大戦ものの映画としては、下の記事のこの映画の方がずっとおもしろかった。)