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L'art de croire             竹下節子ブログ

レッスンで生徒が泣いた話

先日、何十年も個人レッスンをやってきてはじめて、生徒に泣かれた。

そろそろ3年目の8歳半の少年で、その日の午前中はバドミントンの特別練習で、レッスンを午後に変更していた。
子供の生徒には、よく練習したとか、レッスンに集中できたという時に音楽か猫のミニ・ステッカーを選ばせて、それが10枚溜まると、プレゼントをもらえる、という仕組みになっている。プレゼントは音楽モティーフのボールペンなどの小物だ。

その日は、10枚目のステッカーの日だった。
でも、練習はできていない。
だから、達成感を与えるために、レッスン中に、後一息という二小節分を何度も繰り返させた。
だんだんよくなる。
もう少しで、完璧だ。
後もう一度だけ、というところで、Mくんが目に涙をためているのに気づいて驚いた。

私は、子供の生徒に何度も同じところをやらせること自体をいい方法と思っているわけではない。
子供が疲れてくると、だんだんうまくなるどころか、前より悪くなる。
この時のMくんは完成に近づいてきていた。2人で喜び合えると思っていたのだ。

M くんのことは十分わかっていて、彼も平気でふざけたりする。
ちゃんと練習すればすぐに理解もするし、すぐに成果も出る。

彼の練習が足りていないときにどうするか、という試行錯誤はもう十分にできているのだ。
日ごろから、子供の生徒を泣かすような教師は最低だと思っている。
どうしてこうなったのか、理解できなかった。

私はすぐに切り替えて、別の曲を選ばせ、彼が疲れているのに気づかなかった私の不明を詫びて、これからは「もうこれは弾きたくない」と言えばいいんだよ、と言った。それからリズムのカードを組み合わせてタンバリンで叩かせるなどいろいろなことをして、10 枚目のステッカーをもらえるに十分だと彼自身も思えるような状態にしてからレッスンを終えて、プレゼントも選ばせた。いつも通り機嫌よく帰っていった。

ショックが抜けなかったのは私の方だ。
私の方はいつも通り、生徒といる時は生徒と生徒の進歩を最優先に生きているし、自分の与えることのできる最良のものを与えようとしている。
彼が涙を浮かべるまで見抜けなかったのはなぜか…?

ひとつのことに思い当たった。
彼はずっとマスクをつけていたのだ。
もしマスクがなければ私は彼の表情や気分の変化をずっと早く見抜いて、やり方を変更していただろう。

私はマスクをつけないし、生徒には自由にさせている。
音符を歌ったりするときにはマスクなしがベターだけれど、コロナ禍で、小学生はみな教室やら校庭ですらマスク着用させられているから、つけたままレッスンする子もいる。それを望む親もいる。
外してもいいよ、というと喜ぶ子も親の方が多いが。
他の生徒でも、アレルギーだからとか風邪をひいているからと言ってマスクをつけたままの場合がある。

私は最初から、マスクをつけたまま教えるのは音楽のレッスンに関しての私のスタンスではないから、それが不安な人は来ないように、と言ってある。
オミクロンのせいで、子供たちは週に何度もウィルスの検査を強要されたり親たちもフラフラになっていたりする時期だ。だからマスクをつけたまま、という生徒の率が増えてきたのは事実だ。
私もある意味で慣れてきた。

でも、子供たちへのレッスンで心を通わせるには、どんな小さな表情の変化もキャッチしなくてはならない、とあらためて思った。

もう一人の少年F くんは、母親ともどもオミクロンの陽性のため、三週間もブランクがあき、「やる気をなくした」と母親が言った。母親は続けてほしいと思っている。でもFくんはあきらかに生気がない。
その時間帯は、実は、私にとっても疲れる時間帯で、この少年が辞めてくれたら楽になる。
でも、もともと断ろうとしていたのに母親の熱意と少年の健気な感じにほだされて引き受けたのだ。

私は、今日が最後でもいいからね、と言って、別の楽譜で連弾させたりリズム遊びをさせたりした。
帰る時、彼は生き生きと楽しそうになっていた。
来た時よりも幸せにして帰す、というのが私の使命だ。

私自身も、レッスンの前、トリオやカルテットやバロック・バレーの前、すでに疲れていて、キャンセルになったらいいのに、などと思っていることもよくあるけれど、無理して弾いたり踊ったりすると、その後ではエネルギーをもらえて、充実して、満足感もある。後悔したことがない。疲れなどと別の次元のはるかに大きなものを受け取っている。

コロナ禍の狂騒の時代、一番の犠牲者は子供たちだと思っているので、それでダメージを受けたというFくんから音楽まで奪いたくない。彼が続けるかどうかは連絡待ちだ。でもともかく暗い顔でやってきた彼を笑顔で帰っていくのを見ることができた(マスクはしていなかった!)。

今、10歳以下の子供の生徒は10人いる。
この子供たちをレッスンの度にいかに幸せにできるか、少しでも、音楽による「自由」と「遊び」と「美」を伝えることができるか、私にとっての使命であり、挑戦であり、喜びでもある。




by mariastella | 2022-01-30 00:05 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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