フランスの、特に第五共和制になってからの大統領制が中央集権の「絶対王制」に似ているというのはよく言われることだけれど、ジャン=ピエール・ジュイエが『我らの古の王国』でおもしろい比喩をいろいろ繰り出していた。
民主的手続きの選挙ではないが、議会によって「王」が承認されるというのはフランス史にすでに前例があるというのだ。
フランス革命で退位したルイ16世は革命政府下の憲章の元で「ルイ・カペー」という「フランス人の王」になった。最初の立憲王政だ。結局処刑されてしまったけれど、王政復古のブルボン王朝が1830年の七月革命で倒されると、「ルイ・フィリップ」がやはり立憲君主として選ばれて「フランス人の王」となった。
(そういえば、ナポレオンやナポレオン三世もまさかの「皇帝」に選出されたっけ。)
ジスカール・デスタンはルイ・フィリップ路線の「王」で、オランドはルイ16世にたとえられる。
マクロンは「王」どころか「ジュピター」にたとえられるし、自信過剰で即興的に物事を決めてしまうところは太陽王ルイ14世に通じる。ただし、ルイ14世がモンテスキューに「優雅さがエスプリをしのぐ」と評されたのとは逆で、「エスプリが優雅さに勝つ」、というか、もはや優雅さはない。本人はナポレオンのつもりだろう。
フランス国民は「王」を救い主と重ねてきた。
国民は、実は「権威」が好きで、それでも、しっかりと見張っている。
フランク王国から続く父権制の影響もある。
フランス王国にはいわゆる「女王」(王妃ではない)は出なかったし、女性大統領も出ていない。(ヴァレリー・ペクレスにガラスの天井はあるのだろうか。)
マクロンが再選すれば、大統領の任期が2002 年以来7 年から5年に短縮されてから最初の再選大統領となり、10年施政となる。アメリカ大統領の4 年制(しかも長い予備選で実質はもっと短い)よりは長いけれど、短縮に伴うシステムの改変はなされなかった。毎年の予算についての手続きの長さも有名だし、官公庁も縦割りで意思疎通がうまく行かないままだ。
ジスカール・デスタンは一期7年で終わり、ミッテランの14年も、シラクの12年も、後半は、それぞれ、首相が対立政党から選ばれて内政を担当するという「ねじれ」体制だった。その後のサルコジは5年、オランドも5 年で、「公約を実現」するのは難しい。今回マクロンが再選されても、すぐ後の総選挙では過半数を得るのは難しいだろう。5年前の「夢」が破れて多くの離反者が出ている。
ビジネス・エリートには相変わらず人気があるマクロンだが、コロナ禍の影響もあって、投票率そのものも下がりそうな4月の「国王選挙」、果たしてどうなるだろう。