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L'art de croire             竹下節子ブログ

母と息子の愛の告白

去年からギターのレッスンに通ってきている7歳の男子生徒の話。

彼は小柄なので、いつも使う椅子では床に足がつかないので、昔ヨネヤマママコさんに譲ってもらったのをリフォームした腰にいいという低い椅子を使うことにした。

サッカー好きの元気な子供でおしゃべりで大人のような語彙をしっかり使う。
そのI君が、ある日、自分の「過去」とハンディについてひとりでに話し始めた。
3歳の時、クリスマスの少し前に、入院して半年くらい治療したという。両目のバランスに問題がある、といって私に見せるのだけれど、かわいいつぶらな大きな目はまったく普通に見える。両目が完全に左右対称じゃないのは誰にでもあることだし…。
彼によると、その入院中は成長が止まる、その後も、成長が遅れる、だから僕は本来ならこれくらいなのだけれどこれくらいしかないのだ、と手で「背の高さ」を示す。

今はその後遺症はないのか、視力に問題はないのかと私は聞いた。
彼は、ギターの教則本の文字を指して、僕にはこれが先生のようには見えていないのだ、という。
矯正のメガネはないのか、あるならかけた方がいいのでは、などと尋ねたが、持っているけれど日常的には使っていないらしい。

「?」だった。
一瞬、虚言壁なのかとも思った。
親からは何も聞いていないからだ。

「ずっと一人で入院してたの? 」
「ママは病院の同じ部屋に泊まってくれた」

また、自分は他の子供よりも高く跳躍できるのに、背が低いということだけでバスケットボールのチームに選ばれなかった、とも言った。

彼が小柄だとは知っていたけれど、個人レッスンだから、私はそれまで彼が同年齢の子供に比べて特に成長が遅れているなどと比べたことはない。知的に早熟な子供だと思っていただけだ。

何の病気なのかよく分からなかったけれど、半年の入院中が大変だったことを語るので、私は「君はパパやママの宝物だよ」と言った。「子供はみんな親の宝物だけれど、特別なことが起こらなければ親はそれを忘れてしまう。怒ったり、うるさがったりしてしまうこともある。でも、子供が戦っている時は、宝物だってことを感謝するんだよ」etc…。

その後ちゃんとレッスンしたので、父親が迎えに来た時に特に何も言わなかった。
でも、できたら、いつか、I君のいないところで、彼の話の信憑性を確認して、視力などに障害があるのかどうかなど聞いてみたかった。(障碍児を教えた体験は、『バロック音楽はなぜ癒すのか(音楽之友社)』に書いた。今思い出しても感動する。)

そして、次の週のレッスン、私には突然、彼がなるほど特別に小柄だということが分かった。彼から聞くまでは何も考えなかったのに、言われてみるとそう見えるなんて、「障碍」に対する視線についても発見した思いだ。
そのレッスンで彼は私に、私にとっては神が存在するかどうかと質問してきた。
これにもぶっとんだ。
神がどうのこうのなんて、年齢にかかわらず生徒の間でこれまで話題になったことなどない。
しかも、I君は、クリスマス前に「サンタクロースは存在しない」と私に言って、私が「存在の仕方にはいろいろある。アムール(愛)は存在するけど目に見えないでしょう。サンタクロースは人々が愛を伝える表現のひとつよ」と言って納得した子供だ。
私が一瞬答えに窮していると、「僕は神さまがいると分かっている。すごくたくさんのものをもらっている」と彼が言ったので、私も、「私たちがここでこうやって音楽を演奏できるこの幸運は、私たちを超えたところからの無償の贈り物よね」などと答えた。

その後で彼の母親が迎えに来た。遅れたことを詫びながら。
私は「I 君はいろいろな話をしてくれるんですよ、3 歳の時に入院したこととか、でもママが付いていてくれたこととか」と言ってみた。

すると母親の顔色が変わった。

「この子がそれを話すのはあなたにだけです」

私は、彼がそのことを私に話したと母親に告げたのをひょっとして嫌がったかもしれないと気になって、彼の方を見た。すると、まだギターを抱えて椅子に座っていたI君が母親の方をまっすぐ見上げて、

「Maman, je t'aime.」(ママ、愛してる)

と言った。母親はすぐに

「Je t'aime, moi aussi, mon trésor.」(私も愛してるわ、私の宝物)

と返した。母親の目には涙が溜まっていた。
I 君は満面の笑みを浮かべている。

私は二人の真ん中の位置でギターを抱えて座っていた。
「愛の言葉」が両側から交わされた時に生まれた衝撃波みたいなものに揺さぶられた。

コロナ禍で小学生たちがマスク着用を義務づけられるようなこの時代、音楽レッスンによって少しでも子供たちに「ヒューマンな自由」を分け与えたいと思って、つい受け入れてしまい、仕事が遅れているこの頃だけれど、こんな場面に遭遇してみれば、やっぱり「神さま、ありがとう」と感謝したくなる。



by mariastella | 2022-02-08 00:05 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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