先日来、コロナ禍の2年間の比較文化的総括を試みている。
インターネットのおかげで、今は英仏日本語の文献をいろいろ見ることができるから、一昔までは俯瞰することが難しかった複合的な変化がよく分かるようになってきた。
この半世紀近く、フランスも日本も、WASP主導アメリカン・カルチャーの受容も、劇的に変わった。
冷戦の終結と、グローバリゼーションと、歯止めの利かない新自由主義成長路線による格差の拡大と、冷戦で歪められたイスラム文化圏の若者の拡散とが何をどのように変え、何が起こっているのかが見えてきた。
それを一層明らかにしてくれたのがコロナ禍だ。
「先進国」におけるコロナ禍への対応が、まるでそれ自体が感染判定の試験システムのように、各国の文化と伝統と逸脱をあぶりだしてきた。
フランスの哲学者や政治学者が鋭い洞察を始めている。
それらを通して、あらためて、日本のコロナ対策は何だったんだろう、と考えることになった。
それに先立って、哲学者のジャン=クロード・ミケアが1999に年にまさに先見の明ともいえる著作を残しているのだけれど、それがpdf でネット上ですべて読めるので、忘れないうちに
ここにリンクを貼っておく。
日本で訳されている英語の本があるものの中では、もう故人となったが故人となったがアメリカの歴史学者クリストファー・ラッシュと近い考えの人だ。
ミケアは、哲学教師の職をリタイアしてから、ベトナム人の妻と自給自足生活を送っているそうだ。ジョージ・オーウェルの解説者としても有名だ。
「先進国」をすべて巻き込んだコロナ禍の狂騒は、少なくとも30年のスパンで分析しなくてはならない。
その中で、日本とフランスは、多くの点で対極にあった。
これを分析することがまるで使命のように思えてきたこの頃だ。