生物物理学者のフランソワ・グラネールが「泡」について講演したものをビデオで試聴した。
「美」のシンボルは誰ですか?
と聴衆に質問。
「アフロディテ(ヴィーナス)」と答え。
で、アフロディテは泡から生まれた。アフロとは泡の意味、と続ける。
その後、卵の白身を泡だて器で攪拌してみせて、色やボリュームや形状の変化を確認させる。
この講演の内容は、なるほどと目から鱗のものばかりで、泡という身近なものの美しさと不思議さ、個体と液体の両方の特性を持つこと、外部の力や環境によってそれがどのように変わっていくかの仕組みを教えてくれる。
個体性と液体性の複合的特性(つまり形状はあるが変形可能)を持つ物質は、ゼリー、練り歯磨き、粘土、ヨーグルト、プリン、各種ムースなどいくらでも周りにある。
ビールやシャンプーや石鹸の泡についていろいろな品質改良がなされてきた歴史もうなずける。
泡が生まれて消えていく過程が何によって決まるのかなど考えたこともなかった。
(ここで要約することはとてもできないけれど、この講演の、1:06:25から英語の字幕付き短編映画が紹介されているのでどうぞ。)
隣接する泡同士の間で繰り広げられるエネルギーのせめぎ合いのような動きは、細胞同士にも見られる。ハエが蛆から蛹になって変身する時の細胞の動きの観察は印象的だ。グラネールは日本の仙台でヒドロの研究をしたことがあるそうだ。ヒドロは捕食したり移動したりできる立派な生物なのに、頭を切られても、足を切られても再生するどころか、切り刻まれても、その全てがまた「全体」を再生する。
細胞の再生性が、泡の研究も含めて、傷や老化の修復のメカニズムや色々な研究に結びついているというのが納得できる。
大きな泡が小さな泡を淘汰していく仕組みを見ているだけで、社会のメタファーにも思えてくる。大きな泡はより大きくなり、小さな泡はより小さくなり、やがて大きな泡に吸い込まれるようにして消える。
私は以前にこういう記事を書いた。
その時にすでに、泡が互いを規定していることについて思いを巡らせていたが、今回この講演を視聴してから、また、新たな目で「彫空の本」に見入っている次第だ。
物性の不思議はコンセプチュアル・アートの宝庫かもしれない。