2月に、アカデミー・フランセーズが、フラングレ(英語由来のフランス語)の席捲に対して警告を発した。
国や地方自治体までが、スローガンとして英語の言葉を多用し始めたからだ。
ビジネスやコマーシャルの世界ではもちろんはるかに多く広まっている。
別に英米人が率先して広めたわけではなくて、フランスのビジネススクールなどを通して、フランスのエリートが率先して使っている。
日本にももちろん英語由来の言葉は目白押しだけれど、フランスとの違いは大きい。
まず、過去の英語の語彙の75%はフランス語由来と言われている。ノルマンディ公による征服があり、宮廷の共通語がフランス語だったし、ラテン語から派生したキリスト教関係の語彙もフランス語をふくむロマンス語ベースだったからだ。
けれども、同じ言葉でも意味がだんだん変わっていったりするので、すでに、注意が必要だった。発音もそうだ。
私はフランスに来た頃、puzzleやchipsという言葉をわざわざフランス語風に発音していた。でも若い世代は普通に英語風に発音していたのが分かった。
それでもハンバーガーなどは英語風に、でもフランス語らしくHを発音せずに使っていたが、お年寄りは「アンベルジェール」などと発音していたのを思い出す。
一番の問題は同じアルファベットを使うということだ。だから、どこからどこまでがフランス語でどこに英語が混ざっているのか分かりにくいこともある。
日本語なら外来語はまず「カタカナ」表記だから、日本語と混同することはない。ある文における外来語の頻度も一目瞭然だ。
食べ物の名などならいいとして、思想的、哲学的用語の場合、翻訳の仕方によってバイアスがかかることもあるから難しい。
今思い出すのは、私が『奇跡の泉ルルドへ』(NTT出版)を出した時、編集者から原則的にカタカナ語を使わない方針を告げられたことだ。もちろん舞台がフランスだから、固有名詞などのフランス語がカタカナになるのは当然だけれど、地の文をできるだけ日本語に置き換えてほしいということだった。
これはとても勉強になった。(なんだかルルドの雰囲気がよりよく出た気がする。)
『バロックの聖女』(工作舎)の編集者からも、その配分に注意することを気づかされた。新しい語彙を知ることもまた読者の楽しみの一つなので、それを奪わないでバランスをとるということだ。
年末に講演した時に、長くフランスにいる日本の方から「カタカナ語は分からないという前提」と言い置かれて質問された。確か「グローバリゼーション」という言葉を「周知」の言葉として使っていたからだと思う。
カタカナ語なら含意されている多くのものが、字面だけ翻訳したら抜け落ちてしまうので説明が必要になる。
「言い換える」という作業は、自分の理解度を確かめるためには有効だけれど、どのような語彙がどのように合意されているのかは幅があり、時として誤解もあるわけで、言葉を使うコミュニケーションを続けていくには改めて考えさせられる。