フランスでは、近頃、大手の介護老人福祉施設の内部での虐待スキャンダルが明らかにされて話題になっている。そんな時に偶然タイムリーに封切されたのがこの「老人ホーム」という映画。30歳の非行青年が、懲役の代わりに老人施設での300時間の労働を課せられる。そこで出会った老人たちと彼自身の変化などをめぐるコメディ。
付き合いでなく見ようと自分で決めた映画を映画館に観に行くのはほとんど2年ぶり。
映画館自体も一年近く閉鎖されていたし、開いてからも、マスク着用やディスタンスや上映延期になった映画が多かったせいで封切期間が短かいなど、様々な制限のために観に行く気がしなかったからだ。
もともと基本的にもう暴力、殺人、戦争、ホラー、病気と死などのシーンをわざわざ観たくないと決めているので選択肢が減っている。宗教テーマは観たいものもあったが、封切館が少なく期間も短く見逃した。青春ものや恋愛もの、夫婦愛、親子愛ものにももはや食指が動かない。この映画はシニアもので、コメディで軽そうだし、シニア役にジェラール・ドゥパルデュー(もとはベルモンドに依頼していたそうだが、彼の体調が悪くて変更された。まもなく亡くなった)やミレイユ・ドモンジョ(懐かしい。彼女もコロナに感染したが、ロックダウンで撮影がストップして、再開された時には回復して出演ができた)など大物も出ているので見に行く気になったのだ。
残念ながら、複数で一人をたたきのめすという暴力シーンはあったので嫌だったけれど、それは後で、引退ボクサーから身の守り方を習った主人公が一人で複数をノックアウトするという伏線になっているからまあ理解できる。この暴力の元となった借金問題もボクサーのリノ(ドゥパルデュー)やホームの黒人職員のおかげで解決する。
主人公が養護施設の出身で、その時の親友が弁護士になっているという状況も最初から最後まで重要な伏線になっている。ギャグが下品だとか空回りしているとかいう評もあったので懸念していたけれど、気持ちのいい終わり方をしていた。脚本も悪くない。
アルツハイマーの入居者は10分で記憶が消えるというので、皆が個室の前に列を作って、「告解」タイムを過ごしに来てすっきりして戻るというシーンがある。なんだかカーソン・マッカラーズの『心は孤独な狩人』とその映画化の『愛すれど心さびしく』を思い出した。聾唖の青年に皆が安心して打ち明け話をするという設定だった。10代で見た映画で今でも印象に残っているものの一つだ。
司祭と一対一での告解、懺悔、精神分析医や心理療法士の個室でのセッションには、耳を傾ける人は「癒してあげる人」という無意識の上下関係があるが、聾唖とか、アルツハイマーという「障碍」を持った人を前にするとそれがないので、ある意味で対等な関係という幻想がもてる。
グルーチョ・マルクスの「老人の中にはいつも何が起こったのかと自問する若者が住んでいる」という言葉は含蓄があるし、主人公が覚えて披露するモリエールの戯曲中の「医者の風刺」はそのまま老人ホームの風刺になっている。このシーンだけで、フランス映画の強みが出ている。
ホームから外出禁止となっている設定や、怒りと恐怖とストレスが敗北の原因だというアドバイスなど、この映画がコロナのロックダウンをはさんで撮影されたことも含めて切実に響く。こういう映画って、日本では受け入れられるのだろうか?
帰ってから夜にセザール授賞式の番組を見る。
それを参考にして、また少しずつ映画館に復帰したい。