フランス人の一番人気の王は、ルイ14世ではない。フランソワ1世でもない。
アンリ4世だ。
でも、彼に関する研究書の数はルイ14世に遠く及ばない。
最近すばらしい本が出ている。
17世紀のルイ王朝がフレンチ・エレガンスを極めたのと違って、アンリ4世は、45歳の時65歳に見えたそうだ。皴の深いぎすぎすした顔、ぼさぼさの髪、体臭、口臭、軍人上がりの振舞い、かけ事好き…。
ではなぜ人気者かというと、やはり、ルイ14世が廃止した「ナントの勅令」かも。
全ての国民に日曜日には鶏を、というスローガンも有名。
彼はアンリ3世が暗殺された瞬間にまさかの「フランス王」となったのだが、実は自分の即位でユグノー戦争のフランスはプロテスタント国になると思っていたらしい。
実際、日本のキリシタン大名もそうだけれど、フランス南西部のプロテスタントは、筆頭領主の改宗によって一族郎党、下位の貴族らがどんどん改宗するピラミッド構造にになっていた。カトリックの中にはローマ教会に近づきすぎる勢力もあるので、戦争の後のナショナリズムの高揚の中で、一気にプロテスタント国にしようと思ったのだ。
もっとも、アンリ4世はプロテスタントとしては煉獄や諸聖人の通功などのカトリック教義は信じていなかったが、聖体はシンボルでなくその中に主が現存するというカトリックの教義は信じていた。カトリックと遠いところにいたわけではない。
結局、国政上の理由からカトリックに(再)改宗したが、怪しむ者も多かった。改宗を担保したのはやはりローマ教皇だ。
それでも、アンリ4世は狂信的なカトリック信徒によって暗殺された。
息子のルイ13世はまだ8歳だった。