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L'art de croire             竹下節子ブログ

イヴァン・アタリとシャルロット・ゲーンズブールの『Mon chien Stupide』

冬休みの終わりにTVで初放映されたのを観た。

インスピレーションを失ったベストセラー作家が、25 年連れ添っている妻や4人の子と豪邸に住んでいるのに鬱状態になったところ、迷い込んでい着いてしまった大きな犬によって転機が訪れる、というテーマなので、ウクライナ情勢でうんざりしていた時に気分転換になると期待して視聴した。イヴァン・アタリが監督で、彼とシャルロット・ゲーンズブールが夫婦役で彼らの長男も出演ということだし、家族と犬の感動物語かなあと思ったのだ。
そうすると、TV画面に10歳以下に不適切とマークが出ていたので、なぜかと思った。

結果、海辺の豪邸でブルジョワの暮らしをしている家族なのに、家族の関係も、態度も、言葉遣いも乱暴でリスペクトもなく、夫婦関係も親子関係もみなカリカチュラルで全く感情移入できなかった。犬も醜く、問題行動を起こすだけで、つながりが感じられない。長女がボーイフレンドと出ていき、長男はストリッパーと出ていき、次男はディープ・エコロジストで遺伝子組み換え野菜の畑に放火して服役、三男は大学の課題の論文を母親に書いてもらったのがばれてオーストラリア留学の夢が消える、妻も大学教授と出ていくなど、次々と家族が崩壊する。その中で小説家は実存的なクライシスに陥るが、来し方を反省することにもなる。長男のおいていった大麻か何かを夫婦で2人でふかして緊張が一時緩和するというシーンもある。

まずイヴァン・アタリとゲーンズブール夫妻の存在感が強すぎて、役柄を邪魔する。彼らにしか見えない。しかも、息子を起用している。そういう絆の強い家族が、傷つけあう家族を演じているわけだけれど、なんだかリアリティがない。

40 年ほど前のアメリカの小説の映画化だそうで、主人公の作家が私小説のようにこれらのエピソードを書いている、という設定になっている。こちらで2019年公開だったが、日本では全く扱われていないようだった。いわゆるフランス映画らしさにも欠ける。第一、これがフランスなら、これだけの豪邸に庭師やら家政婦やらがまったく出てこないなど考えられない。映画の中で、部屋の片づけや食事の後の片づけがなされていないシーンが何度も出てくるのが不自然だ。マッチョな夫に、家族に尽くしてきた妻の不満が蓄積してというこの夫婦の葛藤の形って、なんとなくWASPマインドだなあとも思った。

このWAPSマインドがフランスを舞台にするといま一つ違和感があることがアタリやゲーンズブールはキャッチしなかったのだろうか。思えば、アタリはアルジェリア系ユダヤ人だし、ゲーンズブールの方は、父がロシア系ユダヤ人のセルジュ・ゲーンズブール、母親がイギリス人のジェーン・バーキンだから、伝統的なフランスの家庭観とベースがずれているのかもしれない。
(では、日本で生まれ育った私がどうしてフランス風家庭観になじんでいるかと言えば、少なくとも、プロテスタントの家庭観(牧師夫妻を理想の形とする)よりもフランスの方が近いといつも思っていた。生まれた時から住み込みの女中さんがいる家庭で育ったからかもしれない。通いの書生さんというのもいた。母親が家事や育児を一身に背負ってフラストレーションを抱えているというのを見たことがない。しかもそこに権力関係はなくて、「女中さん」は「おねえちゃま」と呼ばれ、最大限のリスペクトを受けていた。「おねえちゃま」は、花嫁学校代わりに料理裁縫家事を覚えて郷里に帰るのだった。母親は花嫁学校でそれらを習っていたわけだ。もちろんそんな時代はもう遠い過去なのだろうけれど。)

結局、この映画でよかったのは音楽くらいかも。
でも一応記録。



by mariastella | 2022-04-29 00:05 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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