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L'art de croire             竹下節子ブログ

ジョーカー

だいぶ前になるが、TVで放映されたのを観た。放映されたのは初めてではないが、私が絶対に見ないようにしているタイプの映画だ。話題になったから概要は知っている。狂気をはらむサスペンス、暴力、虐待、貧困、絶望感とルサンチマンの炸裂、あらゆるタイプの殺人や暴行。救いのない感じ。


それでもこの映画が気になったのは、日本で京王線(しかも私も乗ったことがある調布から新宿行の特急)の車内でジョーカーの服装をした男が死傷事件を起こしたというニュースを聞いたからだ。私は映画『ジョーカー』のもとになっているバットマンも見たことがないので、ジョーカーの服装と言われても、ピエロのメイクくらいしか思い浮かばなかった。ハロウィーンの夜ということで、本当にピエロのメイクでナイフを振り回したらさぞ怖いだろうと思ったくらいだ。
映画の『ジョーカー』では、貧しい人々が富裕層を襲うというカタルシスで盛り上がって暴徒化するという展開のようだが、日本ではあり得ないだろう。暴力団のように疑似家族組織化していないかぎり、困窮しているばらばらの個人が暴徒化するなど日本では考えられない。で、密室の列車内でのジョーカーきどりの単独犯ということになった。列車内ということではオウム真理教のサリンテロを思い出すが、あれは恨みや閉塞感とは関係がなかった。

で、意を決して視聴することにした。
話の流れは知っていて警戒していたので、結果として暴力や血しぶきなどのシーンはあまり怖くはなかった。妄想と現実が交差しているのでなんとなく距離もおける。
主人公のアーサーが、神経の病気でストレスが高まると笑いだすという設定が一番怖いと言えば怖い。
地下鉄の中で突然笑いだして、不審に思われた時に慌ててそれが障害であるという医師の証明カードを渡して読んでもらうシーンがあった。

フランスではコロナ禍でマスク着用やワクチン接種が義務化していた期間、何らかの理由でそれができない人には医師による証明書の携行が必要だった。
また、私の友人にも、障碍者カードを持っている人がいる。外見からはまったく分からないので、カードを提示するのにも勇気がいるだろう。
そんなことを考えてしまった。

でも何かが「できない」「欠けている」というタイプの「障碍」であれば助けてももらえるだろうけれど、「笑う」とか「叫ぶ」とか「痙攣する」などのタイプの障碍を持っている人の生き難さというのは大変だ。子供ならまだしも、大人の男がそんな「発作」を起こしたら、事情を知らない人は怖くて逃げるかもしれない。
(この映画の役作りのため短期間で25キロ瘦せたというホアキン・フェニックスの体が異様な迫力の醜さで、それ自体が怖い、彼はこの過激ダイエットで精神にも影響が出たと言っていた)
その中でも、「笑う」というのはリスクが大きい。共有しない笑いは攻撃の威力を持っているからだ。逆に、アーサーが被ってきた屈辱や暴力も、「嘲り」がベースにある。各種のハラスメントや学校における「いじめ」でも、ただの暴力より、受けた屈辱、嘲笑の方が深いトラウマを残すかもしれない。そう「嘲笑」の「笑い」は直接的な暴言よりも人を傷つける。
また、「笑い」を狙って外すというショックも、笑うタイミングが分からないという焦燥も深刻だ。自閉症スペクトラムの人には緊張の種となる。

しかし、拳銃社会が批判されたり、ウォーク・カルチャー全盛のアメリカでよくこんな映画が撮れたものだ。精神疾患がある者は拳銃所持ができないので、自衛のためにと同僚から拳銃を与えられたアーサーは自分には持てないのに、とつぶやく。
これも、今の世界の状況を考えずにはおれない。
殺傷武器さえ手にしなければ、ルサンチマンが外に向かってエスカレートしない。精神疾患があり得る「個人」を武器の使用決定権のある独裁者にしてはならない。自衛のための装備、防衛装備など、いずれは戦争につながる、などといろいろ考えてしまう。

何よりも、上映館の外でFBIが警備していたというほど、この手の「暴動」にリアリティがあるアメリカの社会の実態を思う。この映画は1980年代の設定だそうだが、経済格差の問題は、アメリカでのトランプ支持者の過激な行動や、フランスの黄色いベスト運動の逸脱や、便乗する暴徒を実際に誘発しているから、ある意味リアルなのだ。車が焼かれて炎上するなどの図は、現実のニュースで普通に流れてくるものだ。
日本でこの映画を観る人には実感として想像もできないだろう。

画面の展開はよくできているし、演技も鬼気迫るもので、高評価だったことは理解できる。バットマンとの兼ね合いもあるのかもしれないけれど、「悪の権化」をステレオタイプ的に描いたものではないし、本当の意義はどこにあるのだろうとも思ってしまった。

by mariastella | 2022-06-08 00:05 | 映画
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