マクロン対ルペンの「討論」
4/20の夜、5年ぶりに大統領選決選投票の最終候補の2人が同じ顔合わせでTV公開討論に望んだ。5年前には「右も左も」と言って新しいムーブメントを起こしたマクロンに期待した向きも多かったが、「民主」主義というより「金主」主義のグローバリゼーションに適った政策の連続で庶民は失望した。
結局、討論は2h50にも及び、40代と50代とはいえ、体力気力、相当な負荷だと思うと、感嘆するとともに気のどくにもなった。ジャーナリストたちの仕事も、その後もノンストップで徹夜に近いだろうし、なんだかみんなアドレナリン出まくりなんだろうなという感じだ。 どちらが馬脚を出すか、行き過ぎるか、など興味があったので全部視聴してしまったがそれだけでも疲れた。 マクロンは「コロナとの戦争」で、非常事態のリーダーとしてさんざん強権を振るってきたので、もう見るのもうんざりする感があるのだが、ウクライナ戦とEUの文脈から、今ここで「司令官」を取り換えている場合ではない、という結果以外ほぼ考えられない。 ロシアによるウクライナ侵攻は少なくとも、マクロンの再選に関しては「僥倖」とでもいうべきだろう。ロシアがクリミアを併合したのが2014年、ルペンがロシアの銀行から政治資金を借り入れたのが2015年だったからだ。 2017年の討論の時にもそれはすでに事実だったわけだけれど、今回はマクロンが政府の機関を使って調査したらしく、銀行の名までも明らかにして、「あなたにとってのロシアとは銀行だ」とやりこめた。 フランスの銀行からはすべて融資を断られたそうで、ルペンはそれを当時の大臣だったマクロンのせいにしようとしたが説得力はなかった。 ロシアのガス供給停止をめぐってマクロンが原子力発言の強化を唱えていることに私は反発を覚えているが、ルペンが原子力エネルギー100%を標榜しているのにはさらに驚いた。 全体として、現職の強みと数字の正確さで優位に立てたマクロンは、さんざん批判される「上から目線」や傲慢さも、特に封印することもなく、見ている方にも、「慣れ」というものはおそろしい。 第一回投票以降、極右極左の強い地方をあえて回り、天気がよかったせいか日焼けしたマクロンは見開いた時の鮮やかな青い目が印象的だった。ルペン女史の方は、プラチナブロンドの髪に白い肌、笑みを絶やさないようにがんばっていたが、ソフト路線と今のヨーロッパの「戦争」との兼ね合いが難しそうでもある。 (これは、決選投票用の公式写真。討論のイメージ戦略もこれに似ていた。マクロンは敢えて、人々の中で「戦う男」、ルペンは大統領になったら公式写真はこれですよ、というにこやかで自信に満ちた雰囲気。マーケティングのスタッフの思考過程がよく分かる。) 全体として、ルペンがトランプのようにナショナリズムとローカリズム(地産地消)、それに対してマクロンがグローバリズムと生産拠点国外移転、という構図だ。 黄色いベスト運動もふまえて、2人とも自分がいかにフランスの「地方」に暮らす「庶民」たちの実態を見てきたか、と強調していたが、それにもなんだか複雑な思いを抱いた。 定年延長にしても、マクロンははっきりと「ここにいる4 人(討論の2人と司会進行役のジャーナリスト2人)」は65歳を超えても働いているだろう、と言っていた。つまり、若い時から辛い仕事を続けてきた人にはそれを考慮して年金支給開始時期を早めることは大切だが、そうでない人もいると確認しておいたわけだ。実際、世界中に「老害」などと呼ばれている政治家や権力者はたくさんいて、健康上の理由がない限りリタイアなど考えない人は少なくない。権力を維持し、行使し、富を産み続けること自体がモチヴェーションになっている。マクロンは何度か「ここにいる4人」を持ち出し、自分だけではなく極左極右政治家もジャーナリストも所詮エリートでブルジョワだと同じラインに立たせた上で、フランス人の 70% を占める「可処分所得が減りインフレで生活に困っている」のための政治をすると言った。 実際、問題になっているのは、大都市と地方との格差で、地方の市町村の過疎化、医療も交通機関もなくなり、公立の中等教育機関もなくなり、地元での仕事もないという実態だ。フランス中がパリとパリ地方を憎んでいるという話もある。 こういう議論になると、個人的に居心地が悪い。 私は「ここにいる4人」のような金や力はもちろん持っていないし、ましてやグローバル市場でどんどん富裕度を増すようなカテゴリーなどとは縁がない。けれども、多少「物価」が上がっても、バゲットやパスタや果物野菜が値上がりしても、特に意識しないで暮らせている。小旅行や友人との会食の時に予算を気にする必要もない。 生まれた時から大都市や大都市近郊でしか暮らしたことがなく、今いる場所も、スーパー、かかりつけ医、専門医、銀行、医療ラボ、保険屋、不動産屋、コンセルヴァトワール、図書館、公立美術館や劇場、市役所ホール、獣医、トラムウェイ、バス、鉄道、朝市、商店街などが全て徒歩圏内にある。空港へのアクセスもいい。いわゆる肉体労働や単純労働に従事したという親戚もない。 マクロンとルペンのこのTV「討論」を、生活の困難への怒りの中で本気で聞き入っている何千万人もの人がいるのだと思うと、自分の現実感のなさにたじろぐ。
by mariastella
| 2022-04-22 00:05
| フランス
|
以前の記事
2025年 11月
2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月
カテゴリ
全体
雑感 宗教 フランス語 音楽 演劇 アート 踊り 猫 フランス 本 映画 哲学 陰謀論と終末論 お知らせ フェミニズム つぶやき フリーメイスン 歴史 ジャンヌ・ダルク スピリチュアル マックス・ジャコブ 死生観 沖縄 時事 ムッシュー・ムーシュ 人生 思い出 教育 グルメ 自然 カナダ 日本 福音書歴史学 パリのオリパラ 人生観 未分類
検索
タグ
フランス(1309)
時事(782) 宗教(684) カトリック(603) 歴史(417) 本(302) アート(242) 政治(213) 映画(171) 音楽(143) フランス映画(104) 哲学(102) 日本(95) フランス語(91) コロナ(82) 死生観(63) 猫(52) フェミニズム(49) エコロジー(47) カナダ(40)
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||