毎年5月の初めにオルレアンではジャンヌ・ダルク祭がある。
その年のジャンヌ・ダルクに選ばれるのはオルレアンか近郊に住んでいてオルレアン市内のリセに通位、カトリックであること、何らかのボランティア活動に参加していること等の条件を満たす少女だ。
今年のジャンヌ・ダルクは小柄な15歳で、ダルク家の子孫だというので注目した。
ジャンヌの兄のピエール・ダルクの子孫らしい。
下の動画で、去年のジャンヌからの受け継ぎがある。2:10から新ジャンヌの挨拶と行進を見ることができる。
ダルク家は、ジャンヌの功績によってシャルル七世から貴族に叙せられた。
しかも、その特徴は、女系OKということだ。普通の貴族は男系なのだけれど、ダルク家は例外ということになる。貴族に叙せられたそもそもの功績が、独身のまま19歳で火刑に処せられたジャンヌ・ダルクに由来するものだから、兄たちも戦士として続いたとはいえ、女系OKとは粋な計らいにも見える。
啓蒙の世紀には中世の蒙昧として揶揄さえされたジャンヌ・ダルクだが、フランス革命の後にはカトリック教会によって火刑にされた救国の少女として左派にとりこまれ、普仏戦争の時や、第一次世界大戦の間にナショナリズムのシンボルになった。
1920年にカトリック教会の聖女となり、フランスの守護聖女に加わったけれど、同時に共和国の国家英雄ともなった。けれども、国民の祝日にする法案は結局消滅し、それからも、右派、左派、中道など政治家のツールとして使いまわされている感がある。それでもオルレアンやランスなどでの記念行事はずっと続いていて、短い生涯に繰り広げられたいろいろな要素そのものが、人々をつなぐことにもなっている。
イギリスとフランスの間で繰り広げられた王権の正統性などという極めて政治的な案件に1人の少女が天使の声に従って軍事によって関わったという事実は、奇跡的であるとともに、その神学的な意味や霊的な意味はいつも論議の対象になってきた。
キリストを王とし、その王に仕えるのがフランス王であるとして、フランスからイギリス軍を追い払うことを使命の一つにしたジャンヌだが、ランスでの戴冠式によって霊的な正統性を得たシャルル七世が戦闘を停止、外交による解決を選んだために、百年戦争はジャンヌの死後ずっと終結しないままだった。
今現在、ロシアの侵攻と戦う意志を捨てないウクライナ情勢のことなどを思うと、神とナショナリズムの関係についていろいろ考えてしまう。