反ユダヤ主義とフランスの役割4月にarteで反ユダヤ主義の歴史という4話連続のドキュメンタリー番組を見た。
かなりのことはすでに知っていたのだけれど、「フランスとフランスをとりまく目」から見てなるほどと思うことがいくつかあったので忘れないうちに自分用にメモ。
その前に、この番組のタイトルは「アンチセミティズムの歴史」というのだけれど、このアンチセミティズムとか反セム主義という言葉自体が日本語ではあまり使われないことに気が付いた。今のヨーロッパではこちらが主流。宗教とはもはや関係がないからだ。 そこだけ日本語wikiから引用しておくと、反ユダヤ主義とは、ユダヤ人、ユダヤ教に対する敵意、憎悪、迫害、偏見、また、宗教的・経済的・人種的理由からユダヤ人を差別・排斥しようとする思想で、19世紀以降の人種説に基づく立場を反セム主義(はんセムしゅぎ)またはアンティセミティズムと呼び近代人種差別主義以前のユダヤ人憎悪とは区別して人種論的反セム主義ともいう。
で、キリスト教の成立と伝播に関してのユダヤ人差別の誕生などについてはすでにいろいろ書いてきたし、ルネサンスのキリスト教カバラの成立やノストラダムスについてもすでに書いたし、近代のドレフュス事件からホロコーストに至るまでの陰謀論についてもすでに書いてきた。
ところが、この番組を見て、「やれやれ」と思ったのは、フランスの「役割」だった。 中世以前の歴史は別として、ともかく十字軍以前の西ヨーロッパでは、事実上ローマ・カトリックしかない庶民とユダヤ人たちがまったく区別なく暮らしていたという。見た目も服装も暮らし方も変わらず、職業も自由で普通に結婚もしていた。その後に大問題となり今でも続く洗礼の有無や割礼の有無なども事実上、大いにユルかったそうだ。 それが、聖地イスラエルがイスラム教に占領されてキリスト教徒が巡礼できなくなった、ということをきっかけに、十字軍が始り、そのついでに、「新興のイスラム教の他に、そもそもイエスを殺した内なる敵」であるユダヤ人も一掃すべきだ、遠征しなくても、ほら、あなたの身近にぞろぞろと、というわけで、大規模なユダヤ人狩りがはじまった。で、それを言い出したのがフランス王ルイ九世(聖ルイ王)だったのだ。ヨーロッパの他の国もそれにならうようになった。「言い出しっぺ」はフランス王というわけだ。 でも、当時、ユダヤ人とヨーロッパ人はすでに同化して長いから区別がつかないので無理やり「区別」が設定された。教会の壁画などに残る「プロパガンダ」のキリスト磔刑図のそばには、「魔術師のような三角帽をかぶってかぎ鼻を持つ背の低いユダヤ人」の姿が次々と描かれた。黄色い三角のシンボルも衣服に付け加えられた。もちろん、イエスや彼の弟子ってユダヤ人だったのでは、などというつっこみはない。ローマ・カトリックでは長い間イエスのユダヤ性は語られてこなかった。(イエスを処刑したのがローマの執政官だのローマ兵だという「不都合」をカムフラージュするために「神殺しのユダヤ人」が定着していたのだ) それからのヨーロッパ史の中で、この時に作られた「ユダヤ人」の特徴が定着したのは思えば驚くべきことだ。日本人の目から見ればマクロン大統領だって立派な「かぎ鼻」だし絶対に区別などつかない。もちろん、作られた「外見」の差別だけでなくのちには職業差別も起こり、土地を所有することもできず、「強欲な金貸しのユダヤ人」のイメージも生まれた。(それは今も医学と金融業におけるユダヤ人の利点となり、それがまた嫉妬、偏見、陰謀論などを生む。) で、ヨーロッパからほぼ一掃されたユダヤ人だけれど、たとえばスペインが再征服したイスラム圏イベリア半島から、ムスリムと共存していたユダヤ人が「一掃」されたのでまたヨーロッパ各地に散らばることになった。「改宗」組もいた。(スピノザやノストラダムスもこの流れにいたのは有名だ。) ところが、「反ユダヤ主義」を「発明」した聖ルイ王の国フランスが、フランス革命で、すべての人間は出自にかかわらず同じ権利を持つ「市民」であると宣言した。フランスはいつも「自国」のことだけでなく「普遍」を口にする癖がある。で、ヨーロッパじゅうのユダヤ人がひそかに期待した。1791年、晴れてユダヤ人は「市民」となり、新しい時代が来るかと思われた。 ところがまたフランス、20世紀末の「ドレフュス事件」で反ユダヤ主義の存続をヨーロッパ中に知らしめることになった。(といっても、フランスだからこそ、ユダヤ人であるドレフュスがエリート士官学校を経て士官になっていたわけで、他の国では考えられないことだった。) 同時に、フランスによる北アフリカ諸国の植民地化がある。そこで昔のヨーロッパのように共存しながら暮らしていたユダヤ人がムスリムと差異化されたことで新たな確執が生まれる。 それからホロコーストを経てイスラエルの建国、それによるパレスティナの争いが、ムスリム系旧植民地からの移民の多いフランスで新たに反ユダヤ主義が息を吹き返したなど、問題は複合的だ。
それでも、いろいろな意味で、フランスって、ヨーロッパにおけるユダヤ人の差異化を形作ってきたんだなあと気づかされた。(それはパリでの2012年のシナゴーグや2015年初頭のユダヤ系食料品店へのテロ攻撃にまでもつながっていく) (続く)
by mariastella
| 2022-05-22 00:05
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