今回のカナダ旅行で出会ったこと、理解したこと、考えたことがあり過ぎて、まだまとめられない。
日本とフランスの関係。
宗教と政治の関係。
植民地主義と福音宣教の関係。
アングロサクソンとノルディックとラテンとフランスの関係。
どれも一冊の本では書ききれない。
そして、難民、移民の問題。
フランスにも移民や難民はいくらでもいるし、フランスで生まれ育った「移民の子孫」の知人友人など、二世紀くらいはさかのぼれる「フランス人」の友人知人より多いかもしれない。
でもカナダで出会ったウクライナの難民、ベトナムからの元難民の話を聞いたことで目を開かれた衝撃はかなりのものだった。
ベトナム戦争、ボートピープル、べ兵連などは、日本での私の前半生のほとんどとかぶさっていた。
今回カナダで話を聞かせてもらった70代半ばの男性は北ベトナム生まれで、3歳の時に共産国家からサイゴンに逃げてきた家族の一員だった。北ベトナムの方言をずっと維持していたという。一家はサイゴンで財を成して彼も20代でカナダのラヴァル大学に留学して卒業したのに、1973年にサイゴンが陥落した後で、家族は二度目の亡命を余儀なくされた。
そう、ジャングルでゲリラとの戦闘が行われたり米軍がナパーム弾を撃ったり、アメリカで兵役拒否が問題になったり、日本でべ兵連がデモをしていたりした時期、サイゴンにはほとんど普通に暮らしていた富裕層もいたわけだ。一方で、戦争は1945年から1975年という30年もの間続いた。今70代の人で戦争と共に生まれて育ったのに、1973年まではまさかの亡命など考えもせずに豊かに暮らしていた人たちがいたわけだ。
さて、第一次世界大戦の後でベトナムに入り、先住民と暮らしてハンセン病施設を作ったフランス人宣教師がいた。6/14、彼の列福を求めて努力している団体の出した本を紹介する講演がパリのオリエンタル書店であった。私はハワイでハンセン病施設を作って罹患して死んだベルギー人のダミアン神父について『疫病の精神史』(ちくま新書)』に書いたこともあって、ぜひ知りたくて出席した。
植民地宗主国の立場、宣教師の立場、第二次世界大戦での日本軍との関係、そのベトナム戦争、といろいろな時代を生きた人(1895-1973)で実に興味深い。
その頃のフランスのオリエント趣味と冒険精神が、少年たちを惹きつけた経緯も分かる。
講演の前に講師とゆっくり話せたし、その後で書店のベトナムコーナーで、ベトナム関係の古本を2冊買った。

これは1963年の本で、神学書シリーズなのだけれど、『神は異教徒を愛する』というタイトルで、フランスの宣教師たちって、大抵は人類学者のエスプリの持ち主だったと分かる。伝統宗教の病理と宣教の病理の両方を分析していて抜群におもしろそうだ。


これらすべて、カナダで複数の「移民」やその二世(カトリックに改宗して神学者になった女性もいる)と話し、その体験を聞いたことで実感できたことに促された結果のリサーチだ。フランスは植民地大国の一つだったわけだけれど、「仏領インドシナ」は、同じアジア人として近いような遠いような関係だったのが、一気に視野に入ってきた。(1945年3月から8月までの日本軍によるベトナム人虐殺というエピソードの分析はまた別のところでするつもりだ。)
続々と加わる知識を消化する時間が果たしてあるだろうかと心配だ。
ベトナムについての過去の参考記事
オリエンタル書店の記事