最近、こんな記事を読んで驚倒した。(澤藤統一郎さんのブログを「ちきゅう座」から転載)
高校家庭科の一環としての「投資教育」って…。
前にレジス・ドゥブレがフランスの共和国の聖地は「市役所」、アメリカの聖地は「証券取引所」などと書いていたけれど、グローバリゼーションでフランスもサルコジ以来「成金」が社会的成功と同義になる傾向になってきた。
それにしても日本で高校生に学校で「資産形成」を教えるなんて。
フランスは今年も一応、バカロレアの「哲学」筆記試験は行われて、高校生が 4時間もかけて「自由は誰にも従わないことを含むか?」「自分の権利をあらゆる手段で守るのは正しいか?」とかディドロのテキストの論評とかについて苦労して取り組んでいるのだから「腐っても鯛」という面はある。(と言っても、これらの「お題」にバイアスがあるように感じるのは気のせいだろうか?)