ケベックからモントリオールに戻る途中で、湖のサン・ブノワ修道院と呼ばれる場所を訪問するために、カナダのエリート実業家と女性神学者のカップルの別荘に寄った。正確に言うと、私のために訪問先をアレンジしてくれたこの夫妻が、自分たちの別荘の近くにあるこの修道院をぜひ案内するからと言って、招いてくれたのだ。客用寝室が三つ(いずれもシャワーとトイレ付)もあるゆったりとした別荘で、一晩ゆっくりと過ごせたので、神学論議もできた。そのせいで、あまり話がかみ合わないことも分かった。
でも、ヌーヴェル・フランス初期の頃からの移住者の家系で、典型的なカトリックである裕福な人(70代)の暮らしや考え方に接するのは新鮮でもある。
(私はパリからのお土産の他に、もうかなり昔にフランスのカトリック雑誌にインタビューされて日本のカトリック事情について答えた時の記事をコピーしていった。それは正解だった。)
着いた時、あいにく雨が降ってきた。開口部がたくさんある明るい建物で、至る所に日本のような網戸がある。フランスでは見かけない。(そういえばケベックでは水洗トイレの水が日本のように渦巻き型に流れる。フランスはただ速さと量で流すのがほとんど。他の国で日本型を見ても何も思わないのに、カナダはフランスとかぶるから少しの違いでも気に留めてしまう)

これも網戸越しに、庭の別の側にある池を見たところ。




シャンペン、白ワイン、赤ワイン、食後のリキュール、みな高級品なのだけれど、まるで外国でフランスの駐在員が客をもてなしているかのような典型的なブルジョワ・フレンチで、ここはどこ? という感じがした。
唯一カナダっぽかったのは、朝食の時、ホストの男性がポリッジを自分で作って、そこにメープル・シロップをたくさんかけて食し、私たちにも勧めたことだ。もちろん「フランスパン」も提供されたけれど。
妻である神学部教授は博士論文が「女性の司祭叙階」についてで、発想がアングロサクソンのフェミニズム神学なので、私の知りたいものはない。(私は『女のキリスト教史(ちくま新書)』でフレンチ・フェミニズムについて書いている。)
彼女の著書にもざっと目を通しておいたので、すでに問題点が違うことは知っていた。
(ローマ・カトリックでは「教会はイエス・キリストの花嫁」という比喩がある。そして司祭は教会と結婚していると例えられる。そのローマ的父権制の「夫婦」のイメージでは、すでに「対等」ではなく、妻が夫に仕えるように教会はキリストに、司祭は教会に仕えるという関係だ。そういうジェンダー・バイアスがあるからこそフェミニズム神学も生まれる。)
神学者はマヌカンのような見事なプロポーションの人で見とれていたのだけれど、家庭の事情やその他も分かったので、あまり深入りしないことにした。(実は、はじめは、彼らを通して修道院でのコンサートを企画しようと思っていたのだ。ここではバロックコンサートでオルガンやチェンバロのコンサートが開かれていることを知ったからだ)
修道院は、19世紀末から20世紀初めの政教分離法成立をめぐって修道会が閉鎖された時にノルマンディからベルギーに亡命したベネディクト会で、ベルギーからさらにケベックにやってきて、その後フランスにもどったのだけれど、その時には既にカナダ人修道士たちが定着していてそのまま残されたということだ。フランスよりも自然環境も豊かで広々としていて別世界かもしれない。
(続く)