(前の記事の続きです)
Q : それとは別に、肉体は魂の牢獄だと最初から考える派もありましたね。
A : プラトンですね。あれはもともと「言葉遊び」「語呂合わせ」でもあるのです。
《Sôma(体), sêma(牢獄)》ですね。
この哲学テーマはピタゴラス派の伝統と同じように肉体を貶め魂を持ち上げてきました。肉体性は人間を弱くし枷になっているもので、人が真に全きレベルに到達するにはこの世に人を引き留めている肉体から解放されなくてはいけない、という考え方です。
Sekko : この語の質疑応答の展開がどうなっていくのか分からないが、この心身観って、個人差や社会や年代によっての変数が多すぎると思える。
老化や病気や障害のせいで、実際に「肉体」が、人が「全きレベル」どころか普通に生きることさえを妨げることがある。
また、そういう状況でも「精神的に豊かなレベルに到達している人もあるだろう。
一方、普通の健康な若者などでも、各種ホルモンに振り回されるなどの不都合もあるだろうし、逆に美食や愛情関係などで脳内快楽物質が出て「心身」の極上感が一致する時もあるだろう。
個人的には、人生の今の段階で、全体としては心と体は互いに補完し合っているパートナーで共に危機に立ち向かっているという感じがする。(ここで「心」というのは知性と感情と意志の三位一体の関係性という意味のつもり)
(続く)