8月にサルマン・ラシュディがNYの講演会場でレバノン人青年に刺傷されるというニュースには驚いた。テロリストを取り押さえるまでに10秒近くもかかったというのも。
ラシュディはアメリカに亡命してかなりリラックスして生活できていたらしい。
33年前にファトワという形でホメイニ師が死刑宣告を出した時にはラシュディはインド出身のイギリス人だったのに、当時のカンタベリー大主教も、ロンドンのグランド・イマムも、チャールズ皇太子も、ラシュディの「悪魔の詩」の一部が挑発的だった、と認めるような発言をしたという。(この辺は、まあ穏便な考えなんだろうけれど、フランスはその反対で、イスラム過激派によるテロについては「表現の自由」どころか「冒涜の自由」などと謳いあげている。どちらも不適切だ。)
ファトワとは出した本人にしか取り消すことができないので、今も生きているけれど、賞金提供などは取り下げられているし、イラン政府は関与しないなどと言われていたけれど、アメリカとの関係が悪化した今は、ラシュディがアメリカに亡命して暮らしていることも気に食わなかったのだろう。
こちらの報道で一番注意を引いたのは、「イスラム過激派のジハード型テロリズムはこれまでスンニー派ばかりが繰り出してきたけれど、これでやっとシーア派(イラン中心)もジハードを忘れていない、と証明できた」とイラン側がひそかに満足しているとかいう噂だ。
イランが、スンニー派で親米のサウジアラビアなどを規制するあまり、イスラエルやロシアとも接近しているのはよく知られている。イスラエルを追われたのはスンニー派のパレスティナ人だからシーア派とは問題ないのだろうか。しかも、イスラエルと言えば1961年のアイヒマン裁判後に、外務大臣のゴルダ・メイア(後に第5代首相)が、「私たちがされたことが明らかになった今、私たちが何をしても、世界の誰一人として私たちを批判する権利はない」と宣言した国だ。実際、ミュンヘンオリンピック事件の報復として神の怒り作戦」を発動し、ユダヤ人犠牲者と同数のテロリスト指導部を名指しで暗殺するようモサドによる作戦の遂行を承認した。
この原則はフランス生まれの無神論ユダヤ人にも共有されていて、「ナチス下のユダヤ人はナチスの政策をこれも神による試練、自分たちが信仰深くなかったからだ、と考えて抵抗しなかったのが誤りだった。それを反省して、これからは徹底的に『戦える国』になるとしてイスラエルを建国したのだ」と言う。こう言われると、日本人の私などはどう言葉をつないでいいか分からない。
(そういえば、最近、2015年2月21日のBBC放送でネタニヤフ首相が「ヒットラーはドイツからユダヤ人を追い出すことを考えていたのに、追放されたユダヤ人がシオニズムの流れでパレスチナに流入するのを恐れたイスラム教最高指導者ムフティーがヒットラーに追放ではなく虐殺、焼却を勧めた」と言っていたと聞いた)。(未確認)
( 戦後は、西ヨーロッパに同化しているユダヤ系財閥が、北アフリカやアシュケナージ系の貧しいユダヤ人がヨーロッパに定着しないようにパレスティナでの「建国」政策を進めたというから、みんな「自分や自分の属する共同体さえよければいい」という考えは変わらないのだ。)
私には、スンニー派の友人もシーア派の友人(どちらもフランス生まれで無宗教化しているけれど家族としての帰属は消していない)もいるし、ユダヤ人の友人(無神論者もいれば、一時キブツに移住した人もいる)もいる。日本でホメイニのファトワの犠牲になった学者の夫人は大学院の後輩だった。
ある宗派や国土や階級などの共同体に特化した利害を考えて振るわれる「剣」が「正義の剣」であり得ないことだけは確かなようだ。