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L'art de croire             竹下節子ブログ

ゴルバチョフのこと(追記あり)

(ルーダンの続きは明日に回します)

8月末にロシアのゴルバチョフが逝去したニュースが流れ、もう91歳で、心身の状態がずっと悪かったと知ったのだけれど、彼がロシアで「裏切り者」扱いされていたことをはじめて知った。「西側」では人気者で、冷戦を終わりに導いたスターのような印象を持っていた。

ゴルバチョフは、ポーランド人のヨハネ=パウロ二世が冷戦終結に向かう「雪どけ」に大きな役割を果たしたことを認めていて、1989/12にソ連共産党書記長として、1990/11にソ連初代大統領としてバチカンで教皇と会談している。その返礼として教皇もモスクワに招かれたが行かなかった。まだ復権が確定していなかったロシア正教への配慮だったという。
教皇との会談はブッシュ(父)大統領との会談より前だ。(追記: レーガンとは1985? 未確認)

統一前のドイツがそのままNATOに留まることも了承した。東ドイツ出身のメルケル元首相の弔意は実感がこもっている。

(もし亡くなるまで意識がはっきりしていたらウクライナ戦争についてなんと発言していたかと興味があるが、2014年のクリミア併合の時は、プーチンを支持していたそうだ。)

ヨハネ=パウロ二世は、アメリカ主導の規制なき消費社会を批判していて、共産主義の「理念」そのものはキリスト教と矛盾しないとして融和政策を探っていた。すべての人を「同志」、「キリストにおけるきょうだい」として強者による弱者の簒奪を否定する「理念」は共通しているからだ。
実際、いったん冷戦が終結した後の教皇は、モラルのない新自由主義を糾弾し続けたので「右傾化」などと言われたけれど、すべての個人の尊厳を守る姿勢は変わっていない。教皇としては、ロシア正教とローマカトリックが融和することで、ヨーロッパのアイデンティティを持って、金権アメリカの傘下から抜け出せる世界を期待していたのだ。

けれども、ソ連末期の生活破綻のせいで、ゴルバチョフは、民衆からははっきり嫌われていたそうだ。すぐに共産党を解党せずに曖昧な時期が長く続いたせいもある。

ゴルバチョフは「おおまぬけ」で「裏切り者」、エリツィンは「おおまぬけ」で「酔いどれ」と呼ばれていたそうだ。「裏切り者」は「酔いどれ」より悪いという。

21世紀になってからのアンケートによると、ゴルバチョフを評価するロシア人は7%しかいなかったのだそうだ。「ナチスを倒したスターリン」が一番の英雄のままだというのだから、プーチンの「ウクライナのネオナチとの戦い」というのがじゅうぶんな説得力を持つわけだ。

と言っても、ゴルバチョフがいなければ、エリツィンも登場しなかっただろうし、エリツィンがいなければプーチンが登場することもなかった。

ゴルバチョフが最初に教皇に言ったのは自分が洗礼を受けているということだったという。プーチンも洗礼を受けている。「無神論」を掲げても、誕生における「通過儀礼」はすべての民衆が必要とするものらしい。(今のフランスでも望むなら市役所で市民洗礼というのを受けられるシステムが残っている)

ゴルバチョフ逝去の後のプーチンのコメントは「業績を讃える」というのからほど遠かった。

元首相が射殺されて、それにカルト宗教が関係してきて、それでもすんなり国葬を決定できる日本は「不思議の国」なのかもしれない。

(追記)
 Arteで視聴した2020年のインタビュー映画を貼っておく。(フランス語吹替だけれど)
ライサ夫人の父はウクライナ人、自分の母方もウクライナ人で、祖父はコルホーズをけ経営していたが、スターリンに逮捕されて長期間拘留され拷問を受け、危うく銃殺されるところだった。自分は一度も軍を動かして反対勢力を殺すことはしなかった。
自分は社会主義者であり、他の指導者は社会主義者でなく「権威主義者」だ、などと語る。プーチンのような「犬」派でなく「猫」派で、テーブルに寄ってきて食べ物をねだる猫に優しく声をかけている。
自分がしようとしたこと、成し遂げられなかったこと、すべてはいつか明らかになるだろう、と達観している。1999 年に亡くなったライサ夫人への愛も語っている。すべては夫人と二人でやってきた。自分はいつも夫人に従っていた、と言っているのもほほえましい。







by mariastella | 2022-09-02 00:05 | 歴史
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