私は車についてまったく無知だし、免許は持っているけれどペーパードライバーだし、メカニズムについては興味すらないのだけれど、デジタル日経ビジネスでこういう記事を読んでとてもおもしろかった。 これ。
特にコメント欄が興味深かった。
車の加速度の変化を加加速度と言い、その体感を躍度と言うのだが、コメント欄にこういうのがあった。
>>人間には直接速度を知覚する器官は無くて、感じているのは加速度である為に加速度の変化量(=加加速度)こそが体感的な加速感って事ですよね。
速度は流れる風景から間接的に知覚しているだけなので、高速道路降りた直後はスピード出しすぎが起きるわけです。なんで速度を知覚出来ないかというと、自転や公転速度を知覚出来てしまったら大変だから<<
考えたこともなかった。
ジェットコースターなどのスピード感などは風圧などで感じるけれど、密閉された新幹線や飛行機の中などでは確かに速度など分からないし、分かったら大変だ。
子供の頃、空を見上げて雲がゆっくり動くのを見ては、地面が動いていると想像するのが好きだった。
一日や一年の巡りは時計やカレンダーで確認するけれど、時の過ぎる「速さ」は測れても知覚はできない。
時が止まったように感じることもあれば、すごい速さで去ったと感じることもある。
でも食べたものがどう消化されて出ていくのかの速さも知覚できないし、細胞の絶えまない新陳代謝も知覚できない。
それなのに、年を取ると年々季節の巡りが速くなると思うのはなぜなのだろう。
まさに加速していく感じ、しかも躍度と言っても「跳躍」ではなく埋没、進むというより押される感じかもしれない。
アクセルを踏み込んでも躍度を抑えられるようなスキルというのは、生き方にも応用できるのだろうか。