ひと月以上前に読み始めたダニエル・コーエンの『ホモ・ヌメリクス』からの覚え書き。

ピックアップすると、まず興味深いのはダンバー数の紹介があった。
イギリスの進化心理学者ロビン・ダンバーの本は日本語でも訳されている。
霊長類の脳の大きさから、個体が他の個体を認識する能力が類推できるという説によるとホモ・サピエンスでは、一定の社会密度を保てる数が約150人だそうだ。
一定の密度がないと文化や宗教が成立しない。ローマ兵士の位置軍団の数は150人(正確には120-200人)、ウィリアム征服王の書記官がイングランドの村で1086年に記録した人口調査ではどの村も約150人、18世紀のイングランドの村の人口も変わっていない。アメリカのダコタとペンシルヴァニアに移住したアーミッシュの村も同じで、150人を超えると集落が分かれた。クリスマスカードを150通送るのが平均だとか、企業や研究者もグループは200人以下でないと共同作業ができないとかいう話だ。Facebookを使っている人の「友だち」数の平均は338人だが、実際にやり取りしているのは150人に満たない。
スタンリー・ミリグラムの有名な実験で、まったく面識のない2人の人をつなぐにはしかるべき6 人(六次の隔たり)を通せばOKだという「スモールワールド」があったが、今は、Facebookの実験では、任意の見知らぬ2人の利用者を「友だち」で繫ぐには4人(3.5-4.7)で足りるとなっている。世界はますます小さくなり、社会は広がるということだろうか。
実際は、文明の歴史というのは相互依存や同盟システムの発展であって、ただのインターアクションではない。文化や宗教によって養われる人間同士の絆が必要だ。
デジタル革命がその段階にあるかどうかはまだ分からない。
(次はボノボとチンパンジーについて)
Sekko : Facebookは、交信手段としては今やシニアのツールだというのを読んだことがある。なんとなく分かる。でもFacebookがこのような実験に仕えるのは、そのほとんどが「実名」だからだ。他のSNSは匿名やハンドルネームが主流だから、関係性はさらにヴァーチャルになる。「名前」の後ろに「人格」があるという信頼関係は生まれない。