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L'art de croire             竹下節子ブログ

『女ともだち』1983 イザベル・ユペール ミュウ・ミュウ

ミュウ・ミュウ、イザベル・ユペール、ギイ・マルシャン、ジャン=ピエール・バクリという豪華メンバーの若かりし頃。

1980年代のフランス映画はけっこう観ているはずだし、ミュウ・ミュウも好きだし、イザベル・ユペールの名優ぶりはもう分かっていたし、ディアーヌ・キュリスの作品も「ディアボロ・マント」をはじめとしていろいろ観ていたのに、この映画は観ていなかった。

戦中戦後ものというか、偽装結婚で強制収容所送りを危うく逃れたユダヤ人女性と、新婚の夫をゲシュタポに射殺されたアーティスト志望の女性という、いかにも当時のフランスのシチュエーションを切り取ったような時代背景。実はディアーヌ・キュリスの両親の物語だそうで、そのリアルさに胸がつまされる。

原題は「一目ぼれ」で、友情というより明らかに、自分に足りないものを相手に見出して惹かれ合う「愛情」の一種だ。




パリに向かう夜汽車のコンパーティメントの中でレナを愛撫する軍人が、若いフランソワ・クリュゼというのも時代を感じさせる。


ストーリーはここで。

娘たちと全力でふざける夫、舞台で道化を演じる夫、必死に生きている男たちを冷ややかに、実は蔑視している女たち。

レナはユダヤ人で、イタリアに逃げた後はミッシェルがリヨンでガレージを開き、裕福に暮らす。でも親は収容所で殺された。フラストレーションはたまっている。

一方、美術学校生だったマドレーヌは若くして結婚していたが、目の前で夫をゲシュタポに射殺される。そのトラウマを抱えたまま生きている。再婚した夫のコスタは貧乏な演劇人、暮らしは苦しいが、マドレーヌには両親がそろっている。だから家庭を捨てても一人息子は両親に預けることができる。

対照的な2人だけれど、戦争体験に大きくかかわる生きづらさをひきずっている。

共通点は彼女らの夫たちが彼女らを愛しているということだ。

相手がユペールとミュウ・ミュウだから当然だなあ。夫たちがいわゆる美男俳優でなくなんというか学歴やエレガンスや知性などで「格下」風なのも、彼らの「片思い」に説得力を持たせている。


戦争でも生活でも、考える前に戦わなければならない男たちの悲哀。

マチズムや父権社会を無理やり生きなければならない男たちの受ける抑圧の強さが21世紀の今も変わらないことを思うと、「マスキュリズム」というのがよく分かる。

女が自由を求める、社会で働いて、承認されて、「自己実現」というのは勇気あるアクションに見えて評価される社会だ。

けれども、公平に見て、男たちが自由などなく、ただただ搾取されている(社会からも女たちからも)という場合の方が圧倒的に多いのではないだろうか。


フランスにおける第二次世界大戦のねじれた経緯の一つを切り取った興味深い作品であると同時に、男たちが、社会に搾取され、自分の暴力性や嫉妬や欲望を制御することもできず、愛する女たちから捨てられる構図がまるで「宿命」のように語られていて、つらい。


ラストシーン、監督の両親の決別だが(窓から見ていたのが幼い頃の監督だろう)、青く静かな水平線が画面を横切り、立って空に顔を上げる妻レナと座って海を背景に泣く夫ミッシェルの対比が身につまされる。普通の離婚ストーリーでなく、収容所からの脱出という極限体験を共有して生き延びてやっと家庭を築いたという「達成感」や「自信」は夫の方にしかなく、妻は今の不全感や夫の一時の激昂を断罪することしか目に見えないのだ。


こう書いていくと自然界のある種の動物とと同じで「頭のいいメス」がオスをいいように利用して捨てることに通じるのかと思ってしまうけれど、「人間なんだから、そこに至るまでちゃんと話合えよ」というのが感想でもある。トラウマを超えて「言葉を引き出す」、ということの難しさを考えさせられた。(女ともだちが協力し合って自由と自立を獲得するというすてきな話には全く見えなかったのは私だけなのだろうか)







by mariastella | 2022-10-17 00:05 | 映画
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