ボクシングなんて私の興味から最も離れたところにありそうなスポーツなのだけれどこのyoutubeを最後まで見てしまった。
イメージとして「殴り合い」があるので一番苦手だし、あざだらけとかノックアウトとか、「敗者」側に立つと目をそらしたくなる。
でもこの解説ビデオを見て、感嘆。
メイウェザーという人が天才なのは事実なのだろうけれど、そして努力と経験も積んでいるのだろうけれど、黒人のDNAも利しているだろうと思う。これまで、少なくとも、ダンスの現場で、黒人の子供たちのすごいリズム感に感心したことが何度もある。他の子供たちとはちょっと別次元のものがある。黒人の子供でも踊らない子や踊りが嫌いな子もいるのだろうけれど、少なくとも、踊りたがる子供たちのなかで黒人の子供たちの体のバランスの使い方はすごいと何度も思った。
それにしても、ボクシングでもダンスでも他のスポーツでも、「名人技」とか「神技」という域のものの中には確実に「美」があるものだと実感した。
でもこの試合を私が見ても、何もキャッチしなかっただろう。
「解説」という作業は、「美」を発見させてくれるすごい仕事だ、と改めて思う。
このビデオに行きついたのは、ちきゅう座のこの記事の中だ。
この中で紹介されている「里奈の物語」というのも「試し読み」してみたけれど、記事の筆者が何度も泣いたという方向には誘導されなかった。
「生れで負けて育ちで負けて」って、今でいう「親ガチャ」で外れたということかもしれないが、記事の中に「社会は大きく分けて表の社会と裏の社会の2つに分かれている。そしてその2つの社会間の人の移動、特に裏から表への移動は極端に制限されている」とある。
富裕層と貧困層の格差が広がり、中間層が没落し分断が進むのは、グローバリゼーションの進んだどこの国でも見られる現象だが、それよりも「表」と「裏」がある、と言われると、より衝撃的だ。「貧困層」が可視化されるかどうかという問題ではなく、様々な「無法地帯」があって、それは実は一部の富裕層を富裕層たらしめている基盤になっているのかもしれない。それがマフィアだろうが、ヤクザだろうがカルト組織であろうが、ジタン(ジプシー)であろうが、多くの貧困層からさらに搾取して「裏の権力」を構成し、「表の権力」に浸透する。「裏」から「表」へのパスポートは金と利権だ。
日本社会の「負け組」という意識構造と、アメリカのような社会での貧困と、フランス社会でのそれとは根本的に違うものがありそうだ。