ロシアのプーチンが30万人の予備役兵を動員したことで、ちょうどジョージアでバカンス中の20代のロシア青年が、帰国をやめてずっととどまる、とTVで言っていたのを先日聞いた。ジョージアにいるくらいだから、ウクライナの情勢や「西側」の見方など周知しているだろう。
彼の両親のことも考えてしまう。
今はもう7ヶ月にもなるこのウクライナ戦争で、今まであまり耳にしない戦争関係の言葉が毎日使われるので、すっかり日常語になってしまった。コロナ禍でも、耳慣れない感染学や衛生学の語彙が、日本語でもフランス語でも増えた。
プーチンの動員令で、急に目にするようになったのは「oukase」という言葉で、これはもとはまさにロシアのツァーリのお達しを示す言葉が、そのまま、首長による一方的な命令という意味になっている。フランス語ではウカーズと発音することになる。日本語では何というのだろう。
近頃思い出すのは、もう18年も昔のことになるベスラン学校占拠事件だ。まだチェチェン独立派が実力行動を展開していた。プーチンが、独立派との対話のテーブルに着くのは一切ないと切り捨てていた時代だ。北カフカスのチェチェン共和国はソ連崩壊のあと独立を求めていたのに果たせず、独立派武装集団が、ロシア連邦の北オセチア共和国のベスランの学校で、7~18歳の子供たちと保護者1000人以上を人質に取った。結局、子供を含む400人近くが銃撃戦の犠牲になった。確かにひどい事件だったけれど、ロシアはこの時以来、「チェチェン=テロリスト」というイメージを世界的に定着させ、それをきっかけにプーチンは、すべてのテロ組織へあらゆる手段で先制攻撃をする、と宣言した。
このことを想起すると、今回のウクライナ侵攻の表看板が「ネオナチを殲滅」みたいなものだったことと一貫している。自分以外はみんなテロリスト、「あらゆる手段による先制攻撃の対象」になるとしたら怖い。
そういえば2月末から始まった初期の戦闘で、ブチャの虐殺などが話題になった時、ロシア兵の中には相当数のチェチェン兵もいるということがクローズアップされたことがある。
ロシアによる過去のチェチェン戦争での残虐ぶりはブチャもはるかにしのぐと言われていることを思うと複雑な思いがする。
「相対的に強い者」が「弱い者」より偉くて、勝者は敗者を同等の人間として扱わない、という連鎖を劇的に断ち切るには、一体何人の「殉教者」が必要なんだろう。