9月の末にArteで視聴。
長編の中国映画というだけで先入観なしで見たら、驚いた。
有名な「一人っ子」政策が破綻して、高齢化が進み、政策を変換した中国だが、こんな実態だったとは。あらためて独裁政権のカルトのような洗脳政策が恐ろしいし、その中で、自由主義経済のロジックを追求していく合理化の不当性も実感がある。
こんな映画が製作されることもすごい。
第二子を妊娠したことがまるで犯罪のように中絶を強要され、その後不妊になったのに、大切な長男を水難事故で失う。「一人っ子」が無事に育つ保証はない。
井上純一さんの「中国嫁日記」ブログをひところ読んでいた。彼の中国人の奥さんにはきょうだいやいとこもいて大家族なので、中国は広いから、都会の工場などに勤務しているのでない限り、一人っ子政策といっても実態はいろいろなんだなあ、と思っていた。そういうのどかで家族のきずなの強いイメージがあったから、この映画が衝撃だったのだ。
時間軸がぶれている上に、中国名がなかなか記憶できないので、最初誰が誰誰と夫婦で誰の子がどうなのか、よく分からなかった。しかも、緊張が最高潮になる度に画面が変わって別のシーンになるのでいつもフラストレーションが残るのだけれど、このことで、中国当局への批判をぶつぎりにするという一種のセーフティネットなのかもしれないなどと思った。
考えてみると、子供をつくるかつくらないか、というのはまったく個人の問題で、そんなことを強制されたり、インセンティブを植えつけられたりするなど、最も実存的な人権侵害のひとつだろう。
そしてそれを納得させるためのマインドコントロール、自らそのメリットを理解し、他からの承認も必要とする心理、それらを見ていたら、つい先ごろまでのコロナ禍の対策を思い出してしまった。
「自由の侵害」に慣れること、「あなたのため、あなたの大切な人のため、国のため」などと言われ、まさに自助、共助、公助のレトリック。
中国の「繁栄」と「生まれなかった多くの子供たち」のことを思うと、とても他人事だとは思えない。