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L'art de croire             竹下節子ブログ

ミュンヘンオリンピック事件に思う

先日ビデオで、戦慄のドキュメンタリーを視聴した。

数日後に仲間と話し合ったのだけれど、私より、10歳20歳若い仲間たちには、当時の記憶がないか、ほとんどない。
私は当時大学生で、1972年のミュンヘン・オリンピック、イスラエル代表団の人質事件が大きく報道されたのはもちろん覚えているけれど、時差はあるし、オリンピック報道がメディアを埋め尽くしていたので、その人質土建の結末がどうなったのかは記憶していなかった。
その頃はすでにアラブ・イスラエル戦争やテロやハイジャックなどの事件が連続してあったし、特に日本では、1971年末から赤軍派の浅間山荘事件や、ミュンヘンオリンピックの数箇月前に日本赤軍がイスラエルのテルアビブで起こした乱射事件など、インパクトの大きいものがあったので、ドイツでのテロは比較的遠い出来事だという感覚があったのかもしれない。

で、オリンピックの選手村での人質には世界中のメディアの目が集まっていたのに、いざ、人質9人(二人はすでに死亡)とテロリスト8人がヘリコプターで空港に出発すると、何事もなかったかのように「オリンピック世界」が再起動し始めた。
イスラエル側は「イスラエル人の命は人間の命として考えられていない」と怒った。
(2021年の東京オリンピックで初めて黙祷が捧げられたそうだが、強調されていた記憶がない。)

今思うと、まだホロコーストの生存者がたくさんいた時代だ。
そのドイツ、戦後の復興を遂げたドイツがオリンピックをやることの象徴的な意味、そこにイスラエル選手団が来る意味、そこでパレスチナのテロが行われたことなど、政治と外交の緊張が極度に高まった事件だった。
テロリストが要求したのはイスラエルで終身刑になっているパレスティナ人200人の解放。それがなければ人質は処刑される。
交渉の余地などなかった。メイア首相は即座に拒否する。それに応じたら味を占めて今後も人質事件がエスカレートされるからだ。人質の家族の中には、もし首相の息子が人質でも同じことを言うつもりか、と激昂した人もいる。

もともとイスラエルは選手団を警護するためのスタッフも同行させるか迷っていたが、すべての国の選手団の中でイスラエル団だけが護衛付きというのは目立つし、ドイツ側にも例を失するというのでやめたという経緯がある。
ドイツ側は、前回のヒトラーの大会を払しょくするためにも、平和の祭典を強調し、セキュリティは穴だらけだった。ジャージを着ていれば、テロリストも選手村に入れた。
ドイツ側は、何度も、要人を身代わりの人質として申し入れたが拒否された。イスラエルへの要求への答えに口出しするわけにはいかないし、ともかく、選手村から、そしてドイツから、アラブとイスラエルの「当事者」を排除してしまいたかった。
ようやくヘリコプターで空港に移送したものの、いろいろあって人質は全員死亡。そのうち一人は傷がなく、火災のガスを吸って死亡したもので、もしドイツ警察がすぐにかけつけていたら助かっていたともいわれる。

で、テロリスト側は5人死亡、3人が逮捕された。留置された監獄での待遇はよく、音楽が聴けるようにラジオも差し入れてくれた、とテロリストの一人が顔出しで回顧している。もう一人は顔を隠しているけれど、二人ともあれから半世紀を生きたのだ。
何も後悔していない。
で、ふた月も経たないうちに、ルフトハンザ機がハイジャックされ、今度は、ドイツに拘留中の3人を解放するよう条件が出される。今度はイスラエルと関係なくドイツとアラブの間のことだから、ドイツはすんなりと3人を解放した。彼らはトリポリ経由でシリア、レバノンなどに戻る。(日本赤軍の岡本公三も後に解放されている)

けれど、そのルフトハンザ機には、大型なのに、人質とされたのは少人数の客だけで、女子供ゼロの成年男性だけだったという。その不自然さ故に、このハイジャック事件は、ユダヤ人を殺したテロリストをドイツに置いておきたくない、というドイツ当局の関与したものではないかという仮説もあるようだ。

その後でメイア首相が何をしたかというと、「神の怒り作戦」でパレスティナを爆撃、多くの子供を含むたくさんの死者が出た。それでなくても苦しい生活を強いられていたパレスティナ人が無差別に殺されたのだ。実行犯の「故郷」でもある貧民街は50年たった今も、同じ苦しい暮らしを強いられている子供たちであふれている。

その後、イスラエル軍や特別チームが「黒い九月」作戦のリーダーたちをレバノンなどで狙い撃ちした。

このドキュメンタリーでは、50年という時を経て、当時のジャーナリスト、脱出できたイスラエルのアスリート、当時の西ドイツやミュンヘンの警察や市長や軍隊関係者たちが証言し、何よりも、人質作戦実行犯ふたりが詳細に経緯を語っているので、実は何が起こっていたのかということが迫力をもって伝わってくる。
それでももちろん、真実は語れないと口を濁す当事者はいる。

意外だったのは、この事件をきっかけにイスラエルとドイツの関係が緊密になって、よい関係ができたという事実だ。ホロコーストの後でのこの人質事件、もっとぎくしゅくするのかと思ったら、何やら双方に多分経済上のメリットを生むメカニズムが働いたらしい。政治やら、建前やら、正義やら、「神の怒り」やら、数々の思惑が渦巻いている。

50年前からの回想を語りながら、ぶれていないのは犠牲者の家族の怒りと悲しみ、無事に戻ったアスリートの困惑、実行犯の確信の3つといったところか。

日本は戦後、ドイツのように東西分割などの目にあわずにすみ、この事件の8年前の1964年の東京オリンピックで「もはや戦後ではない」風の繁栄をすでに演出できたし、2 年前の1970年には大阪万博も無事にやってのけている。

今思うと日本という国はラッキーだった。

(1~4のエピソードがあります。どんな謎解きスリラー映画よりも強烈で引き込まれました。フランス語OKな人はどうぞ)



by mariastella | 2022-10-22 00:05 | 歴史
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