フランスのネット配信で視聴したのだけれど、『Barbara』という原題を日本語で検索する少し時間がかかった。『東ベルリンから来た女』という長いタイトルになっているのを発見。
前に書いた西ドイツの1972年のオリンピックのテロ事件のドキュメンタリーのすぐ後で視聴したので、東ドイツでは1980年でもこんな現実があったのだと思うと暗然とした。
この映画の舞台の9年後にベルリンの壁が崩壊している。
今年の2月末からウクライナ情勢ばかりメディアで聞かされて、不安を掻き立てられたりうんざりしたりしてきたが、やはり少なくとも10年スパンでないと見えてこないものがあるなあと思う。(今となっては10年後を見届けられるかどうかは確かではないけれど)
それにしても、この映画、1980年という中途半端な「同時代感」があるのに、東ドイツのバルト海近くの小さな町で、脱出する先はデンマークだとか、様々な監視システムだとか、まるで非現実的に思えてくる。この東ドイツ出身のメルケルさんが長い間統一ドイツの首相を務めることになるなど想像もできない。
主演のバルバラは当時37歳のニーナ・ホスで、鬱屈し硬化したような外殻と、患者への人間的な関係作りを尊重する医師という二面をよく合わせ持った名演だ。ピアノを弾くという設定もそれを象徴している。
バルバラの頑なな感じに逆に惹かれてしまう男の気持ちがなぜかよく分かる。同僚医師のアンドレ役のロナルト・ツェアフォルトが、いかにも暖かそうな熊さんみたいなキャラで、二人のコントラストが絶妙だ。
彼に比べると、西側からベンツに乗ってやってくる恋人には説得力がない。「西では君は働かなくてもいい、僕の稼ぎで十分だ」と語るのも、「外科医」としての「召命」を生きているバルバラには「愛の言葉」としては響かない。
サスペンスフルだし、人間ドラマとしてもバルト海の空気まで伝わってきそうな背景もいいし、その展開にも納得はしたのだけれど、「陰惨」という印象は残る。
戦火にさらされる町も、強制収容所も、独裁国家も、東ドイツの病院で監視下に置かれる女医の生活も、みな人の「尊厳」を侵す「非人間的」な世界で、それが、今この瞬間でも至る所で繰り広げられている光景なのだと思うと苦しい。それでもその中で人間性を発揮したり自由に焦がれて立ち上がったりする人たちがいつも存在する。10年スパンで観察して評価を下せばいいなどと悠長なことをいっている場合ではない。