フランス人の4分の1は年間20冊以上の本を読むということでヨーロッパ一だそうだ。(全体としては七位なのだけれど、多読者の割合が多い。)
バカンスは滞在型が多いからみな本を持っていくし、クリスマスのプレゼント交換も本が一番多い。そのせいか、日本では出版不況で大変なのに、フランスではとてつもない本がでる。900ページという分厚いノンフィクション小説『心臓が止まらない』が評判だが、とても読む元気はない。でもその内容に驚いた。
1985年に64歳で自殺したマルセル・ピションという元マヌカンの女性の真実を追っていくという話だ。
パリ18区のアパルトマンで、断食して餓死を選び、死後10ヶ月も経ってから、ミイラ状で発見されたという。なぜ死後10ヶ月と分かるかというと、餓死を決意してから45 日間、毎日自分の状態を記録していたからだ。
『心臓が止まらない』というのは、彼女の記録にある「もう水も受け付けなくなって舌は塩をかけられたカタツムリ(ナメクジ?)のようになっている。でも心臓はとまらない。頭だけは明晰なままだ」という文からとられた。
この事件は、当時、「社会問題」として報道されていた。いわゆる「事件性」がないので、10ヶ月もアパルトマンから出てこなくても誰も気づかない、気にしないという都会の一人暮らしをめぐる人情の希薄がスキャンダラスに語られた。
でも、断食で命を絶つと決心し、衰弱から死に至る経緯を詳細に記録したということは普通ではない。今の世なら、ひょっとして毎日ブログやyoutubeで配信していたかもしれないし、そうすれば死に至るまでに誰かが通報したかもしれないし、あるいは、演出だ、芝居だとスルーされていたかもしれない。
この45日の記録というのが、最後まで失われなかった明晰さ(断食によってむしろ頭だけがどんどん冴えていったふしもある)と共に鬼気迫るものだと想像できる。
小説の作者はこの30年以上前の出来事を執拗に、徹底的に追って、彼女が占領下のパリで最初の結婚をしたこと、離婚再婚をして一人息子もいたことなどを突き止める。
なぜ、このような形での死を選び、それを記録しようとしたのか、にも迫ったのだろう。彼女の気持ちを知るためになんと降霊者にも依頼したという。
どんな死も、どんな生も、社会問題や時事問題に回収することのできないたった一つのドラマだからだ。それにしても膨大な著作に結実した思い入れは、それが著者自身の内面の旅だからなのだろう。
SNSの時代、「闘病記」は数々公開されている。私は「五十肩」のドクターショッピングを記録したことがあり、その時にコメント欄で知り合った方が亡くなったという体験もした。
マルセル・ピションは、たった一人で、アパルトマンの中で餓死を選んで記録した。まるで断食健康法の記録であるかのように。
安楽死やら自殺幇助というのもあるけれど、自己の死を徹底的に見つめて「書く」ことに命を燃やす人もいるのだ。それが37年後に900ページの本に生まれ変わるとはさすがに想像はできなかっただろうけれど。