イランでイスラムスカーフを正しく着けていないとボリスに逮捕された女性が殺されたことをきっかけに大規模な抵抗運動が始まった時に、フランスでも多くの女性が支援を表明した。
私が思ったのは、もしマリアム・ミルザハニが生きていたら、なんと言っただろうということだ。
マリアム・ミルザハニは、5 年前にアメリカで癌により40歳で亡くなった天才数学者だ。
数学のフィールズ賞を初めて受賞した女性、スタンフォード大学教授、一人娘の母。
彼女はイラン代表として数学オリンピックに参加していた時代などにはもちろん黒いスカーフで髪を覆っていた。
イランとアメリカの関係がイスラム革命によって敵対した後の時代でも、科学分野の交流というのは別口らしく、イラン国籍のままアメリカに招聘され、アメリカ国籍も獲得した。つい35年ほど前の日本と同じく「イラン国籍の女性」が外国籍の男性と結婚した場合にはその子供にはイラン国籍が与えられないのだが、ミルザハニが亡くなった後は、その娘がイランに訪れやすいようにイラン国籍を与えようという動きがあった。(その後どうなったかは知らない)
ミルザハニの天才ぶりがあまりにも華やかなので、イランは報道のタブーを破って、アメリカでスカーフなしで暮らす彼女の写真をイランで公開した。「イランの誇り」であれば不都合も看過されるというご都合主義だ。
ミルザハニは、すべての女性数学者を鼓舞した。女性が理数系の道に進むことを応援するロール・モデルでもあった。
彼女が早逝したことで、今のイラン女性に支援の言葉を投げかけられないのは残念だけれど、スカーフなしでイランの新聞の一面を飾ったことがある彼女の姿があったからこそ、イランの女性が立ち上がれたのかもしれないという気がする。
上の写真は一番有名な写真だが、強く、美しく、実に魅力的だ。
抽象の能力というものは霊的な力に通じるのかもしれない。