11/9、総武線の快速に乗って千葉県のホキ美術館へ。

ホキ美術館の今回の展示解説ブログ。撮影禁止なので概要はここでどうぞ。
ホキの公式サイトには画家へのインタビューが掲載されていて興味深い。
(スペインにいた磯江毅に関する記事や画もネットで検索できた。)
建物のデザインが印象的だ。


こんなすごいコレクションと美術館とメセナを提供できるなんて、MOA美術館やMIHO美術館のように新宗教系のベースがあるのかと漠然と思っていたら、超写実の肖像画も展示されている保木将夫さんはホギメディカルという会社の創業者だった。医療用マスクの製造で有名で、多分コロナ禍以来なんだろうけれど、ミュージアムショップにもマスクが売っていた。美術館の方は娘さんがトップであるらしい。MOAやMIHOではさすがに遠慮したけれど、ここではその沿革などを気楽に話せてもらえた。でも、売店を含めて写真は一切禁止なので残念だ。展示作品だけでなく内部の至る所が劇場的でおもしろいのだけれど。また、超写実の世界は、写真とは違って、画家の情熱や執念の襞みたいなものと直接向かい合うことになるので密度の濃さは半端ではない。今の超写実のブームで日本人画家は独特の位置を占めているのが分かる。50年前のGUTAIの画家たちはこのような道があると知っていたらどう反応したのだろう。いや、実は、具体美術協会出身でパリ在住の松谷武利さん(2019 年にポンピドー美術館で個展)は、80年代に鉛筆画に目覚めた時のことをこう語っている。
「僕は、詩も書けないし、小説も書けない。それなら日記を書くように、鉛筆で線を一本、一本塗り重ねていくのはどうかと。長さ10m、幅1m50ほどの紙にそれをやった」
というのだ。1960年代にGUTAIが目指したものと松谷さんの巨大な鉛筆画と超写実派の情熱には通底するものがある。
もともと「美大」の受験や最初の学年では石膏デッサン、人体デッサンで明け暮れて、「見ること」の再現技術が問われる。「抽象」も、そういうスキルを徹底的に身に付けた人たちが向かうことがほとんどだけれど、そのようなスキルが皆無のままある意味でハードルの低い「抽象」にどんどん進む人がいる。ホキ美術館にあるような超写実は、超職人的スキルでもあるので制作に膨大な時間がかかる。パトロンなしには困難な作業だ。日本の超写実絵画が保木将夫と出会ったのは運命だったのかもしれない。書籍2冊購入。またあらためて日本美術史の文脈の中で論じてみたい。

帰りのタクシーを待つ駐車場を落ち葉が敷き詰める。

ススキも。

(続く)