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L'art de croire             竹下節子ブログ

サッカーワールドカップの決勝戦を前に世界の分断を思う

2022年のサッカーワールドカップのカタール大会は、今のヨーロッパと世界における分断の様相を考えさせられるものになった。

モロッコがベルギーに勝った時にブリュッセルでベルギー国旗が焼かれたことなどは前に書いた。

準々決勝でモロッコがポルトガルに勝った後も、フランスの大都市とその近郊での騒ぎはかなりすごかった。中には大通りで「モロッコのコリーダ」と形容した人もいる車の暴走もあった。モロッコ国旗を闘牛の赤い布のように構えて、車がそれに突進したり、車の上にのぼったりする人もいるような危険なものだったと目撃者から聞いた。

同じ日の夜にはフランスがイングランドに勝ったのだけれどまあ想定内のお祭りだったようだ。それよりもそれから4日後のフランス対モロッコの準決勝を前にどんどん危機感が高まっていった。安全確保のためといいながらシャンゼリゼに敷かれた厳戒態勢は、黄色いベスト運動での店の破壊の後の警戒などを連想させた。八区の市長(この女性は中国人の母を持つハーフだ)はシャンゼリゼの全面封鎖を求めたが聞き入れられなかった。普通は午前2時まで空いているカフェやビストロは、試合の終わる午後10時に閉店を決めた。


なぜここまで緊張が高まったかと言うと、モロッコの準決勝進出というのは、ワールドカップの歴史で初めてのアフリカ、アラブ、ムスリム国と三拍子そろったシンボルとしてさまざまな思惑や政治利用を招いたからだ。しかも、開催国も初めての中東、ムスリム国であるカタールだ。スタジアムには、モロッコチームのサポーターとしてモロッコ人だけではなくアフリカ諸国、アラブ諸国、ムスリム諸国から7万人近くがかけつけて、「赤い波」と呼ばれた。フランスのサポーターの「ブルー」は4000(+マクロン)で、フランス国歌が流された時やフランスチームにボールが渡る度にブーイングで笛が鳴らされて、そのアウェイ感は半端でなかったと思う。(モロッコ側でそれを制していた人もいた。マクロンが行ったことを批判する人も多い。フランスとカタールは経済的な関係もあるし、カタールの要人たちとも友好的な雰囲気の中で会ったので無意味ではなかった、と言う人もう人もあれば、単にサッカー好きでスポーツマン好きだからと揶揄する人もあった。)


フランスは北アフリカのマグレブ三国の宗主国だったから、「被害者」側の歴史的な反目は残っている。モロッコは保護領で、アルジェリアほどの確執はないのだけれど、石炭採掘などに従事する多くの移民がいたのは事実で、最初の世代はむしろフランスにいる間は普通に適応して、金がたまったら故郷に家を買う、などのパターンが多かったのに、フランス生まれで二重国籍を得たその子孫の多くは共和国普遍主義の恩恵を受けてエリートにもなれた。それなのにさらに後の今の若者たちが「イスラム原理主義」の影響を受けて「反フランス」化しているのには様々な理由がある。グローバリゼーションによる資本の自由移動、貧富の差の拡大が起こって、低所得者住宅に住む40%はモロッコ系で、刑務所で服役している犯罪者のうちでも、アルジェリア系に次いでモロッコ系が多いという。で、フランス対モロッコ戦になると、フランスで生まれ育った二重国籍の若者がみなモロッコを応援するという現象が起きている。憎悪を煽る言葉がネット上で飛び交っている。それがワールドカップで増幅し、ニュアンスも広がった。

旧宗主国に対する報復感情は、アラブ民族やアフリカ諸国全体に広がり、それに加えて「イスラム教対キリスト教」という対立のさせ方もある。さらに、同じキリスト教圏であるはずのロシアが、「欧米という西洋」との戦いと言い出したので、「西洋対非西洋」という分断の仕方も加わった。


(私が前にモロッコに行ったのは2006年だったが、日本人は好意を持たれていた。私が日本人だと知るとサッカーのスター選手の名を挙げて「ナカタ、ナカタ」と連発する人が数人いた。でもウクライナ戦争で完全にNATO側と足並みをそろえている日本はもうアジア人枠でなく西洋枠とみられているだろう)


モロッコ戦のサポーターには「パレスティナ国旗」をかざす者もいて、これは反イスラエルのメッセージにもなる。(クロアチア戦でさえ、西欧と東欧の戦いなどと言う人もいた。クロアチアは旧共産圏だがカトリック優勢の国なのだが)

しかもそれら対立構造の底にある国家間の経済格差は実はまた別ものだ。カタールは巨万の金をつぎ込んでワールドカップの開催を勝ち得たし、決勝進出の2チームのスター選手であるアルゼンチンのメッシもフランスのエムバペも、カタールが買収したパリサンジェルマンチームのメンバーで膨大な契約金と途方もない月収(億の単位がユーロだったか円だったかも私の現実感とあまりにもかけ離れているので覚えていない)をカタール経由でもらっているわけだ。スポンサーや放映権などが生む巨大な利益は言うまでもない。中東の石油立国が同じイスラム圏のバングラデシュなどからの労働者を奴隷のように使い捨てている場合もあることは知られている。


(日本でも「旧植民地」国との差別や確執がいつまでもあるけれど、日本の場合は日本の「敗戦」がそのまま旧植民地国の独立につながったわけで、日本で暮らしていた「在日」との関係が逆転したり、アメリカの介入があったりした。旧植民地国にあっさりと二重国籍(フランスで生まれた場合だけでなく、植民地での出生時にフランス国籍を与えられていて独立と共にそれを失った人も申請すれば復帰できる)を与えるフランスとは違う。でも、フランスの旧植民地の多くは、フランスとは文化も人種も違うけれど、日本と中国や朝鮮の場合はもともと儒教文化圏だし、仏教も大陸伝来だし、遺伝子的にもつながっているし、実際「見た目」も区別がつかない。反目や分断を煽るのは政治利用や、やはり経済的な背景があるのだろうが、フランスとマグレブ諸国のケースと比較観察するのは興味深い)


思えば、1998年にフランスがブラジルに勝って優勝した時はのどかだった。

今回の準決勝での厳戒態勢は、モロッコが勝った場合を想定したものだったそうだ。結局、敗退したモロッコのサポーターは失望して外に出ず、町に繰り出したのはフランスのサポーターばかりだったから、心配されていたほどの被害はなかった(地方都市では死者も出ている。車からフランス国旗を奪おうとした14歳の少年がその車にはねられたというが詳細はまだ分かっていない)。40 人ほどのフランスの極右グループがことを起こそうとしていたのが事前に検挙されたというのも報道された。


17 日の三位決定戦でモロッコが勝てば大歓喜の騒ぎになるだろうけれど、決勝と同じ日でなくてよかった。フランスでアルゼンチン系の人口は少ないからどちらが勝っても大きな逸脱リスクはないだろう。私が個人的に知り合ったアルゼンチン人は、マラドーナの伝記を書いて日本語にも訳された女性作家と、もう何年もデュオやカルテットで一緒に弾いているヴァイオリニスト(子供の頃に親がフランスに亡命した)での二人くらいだ。(そういえば、フランスもアルゼンチンも一応カトリック文化圏だ。サッカーファンだというアルゼンチン人のローマ教皇が祈ったら、アルゼンチンに勝機があるかもね。)


いつもながら、ワールドカップの期間は、金の動きも他のスポーツと桁違いとはいえ、ナショナリズム、国民性、歴史と政治についていろいろ考えることに気がとられてしまう。


by mariastella | 2022-12-17 00:05 | 時事
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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