年末に「日仏相愛の秘密」についての原稿を脱稿したので、次の本の資料を読む前に自分への「ご褒美」として、日本語とフランス語でそれぞれ一冊小説を読むことにした。一冊目は『盆栽マスター』という中編で、書評があまりにも不思議で、結末の衝撃についてみなが(ネタバレなしのコメント)をしていたこと、抜粋部分があまりにも魅力的だったので、どうしても読みたかった。
盆栽マスターとして盆栽と共に暮らす「過去のない男」は、こう言う。
「私は盆栽に仕えている。彼らの美に仕えている。盆栽は自分たちの美について何も知らない。私は知っている。だから私は盆栽マスターなのだ。盆栽は自然か死かのどちらかしか知らない。しかし彼らはその二つの中間でしか美しくない。二つの中間に置くためには強制が必要だ。」
「盆栽にとって美しいことはいいことだ。しかし盆栽は美とは何かを取らない。だから彼らは彼らにとっていいことが何かも知らない。私は知っている。それが私の役目だ。」
「彼らの自然に反してよいことをしてやるには様々な道具が必要だ。私にはそれがある。」
「私の唯一の地平は盆栽だ。私には過去も未来もない。私の時間は現在だ、盆栽の時間だ。自然の時間の外にある。拘束と監視の時間だ。危うい平衡の上に宙吊りになった時間。自然と死の中間。」etc...
盆栽という日本語を軸に、哲学的というか、何か恐ろしい含意を感じた。
日本の「侍」のエピソードまで出てくる。
実際に読んでみると、この老人は果てしなく自閉症的な反応をしながら生きている。
はじめの方に、子供たちが猫を虐待する恐ろしいシーンが出てきてたじろいたけれど、目撃している盆栽マスターが何か反応するのかと期待して読んだ。でも彼は淡々と眺めていただけで、最後まで読んでしまって気分が悪くなった。
衝撃の過去というのも、あまりにもリアルで残酷で、しかも現在進行形で世界中で起きている蛮行も連想させるので、読んだことを後悔した。
日本語の方は、知念実希人の『十字架のカルテ』。
これも、ある意味で同じような悲惨な話が次々と語られるのだけれど、精神疾患とその対策の複雑な問題についていろいろなことを教えてもらった。でも、悲惨な話のほとんどがとても「日本的」でもあって、つらい。事件の現場が東京なので現実味がある。世間体とか引きこもりとか、産後鬱とか、日本で一番殺人の被害者になる年齢層はゼロ歳児だとか、虐待とか、深刻で壮絶な話ばかりだ。実は私もリアルで、精神疾患と世間体についての日本のある家族の例を知って驚いたことがあるので、考えさせられた。日本の書店で偶然見つけたこの作者の本をはじめて読んだけれど、読みごたえもあり読ませる技量もあり、これから別の作品も読んでいきたい。