瞳ちゃんのこと その2
(前の続きです)
1/16の月曜日、ホールでのはじめての合同練習。 バロックバレーのレッスンの後でかけつけたので、みなもう並んでいて、私の譜面台の前だけが空いている。 「繰り返し」の部分はチェックしていたけれど、フレージングやニュアンスやテンポなどは指揮者任せだから気楽なもので、細かい音符などさらっていなかった。 ところがアンネンポルカには装飾音も多く、一部には速いテンポでの16部音符がある。 こういうのは、少なくとも私の技量では、事前にチェックして半分暗譜しておかないと演奏中に楽譜を追うだけではうまく弾けない。 で、適当に弓を動かしたりストップしたりしていたのだけれど、隣にいる色白で小柄のかわいい女性は正確に弾いているし、私がスルーした装飾音もすべてこなしている。申し訳なかった。 私はその週の終りにコンサートがあるから、ヴィオラにはほとんど触っていない。ハ音記号とト音記号のビジュアルでギターとヴィオラの指使いの反射を分けているが、普段でもどちらかを2時間も弾いた後では楽器を変えるとミスばかりする。(もちろん私の周りにはどんなに楽器を変えようと、記号を変えようと、やすやすと脳内音楽に従ってこなす人たちもいるが、私にはできない) で、練習が終わった後、その女性(後でprunelleつまり瞳ちゃんだと分かった)が小さな声で私に、「コリンヌ(コンセルヴァトワールのヴィオラ教師でピアノ伴奏の国家資格も持っている。アンネンポルカを指揮している)の個人レッスンを受けてはどうですか?」と聞いてきた。私は、以前に多分15 年くらいは個人レッスンを受けていた、と答えた。(一応すべての初級中級の教則本を終えて、テレマン、ヘンデル、バッハの無伴奏など自分の弾きたかったものをすべて弾けたので後はそれらを自分で繰り返すことにし、コンセルヴァトワールでは室内楽のみ続けることにしたのだ。) 細かいことは言わなかったけれど、私がかなり年長者だとは分かったせいか、主語が親称から敬称に変わった。 彼女は隣の市に住んでいるが、この新学期(つまり去年の9月からコリンヌのレッスンを受けるようになったのだという。満足しているようだ。 でも、その日の私があまりにもひどかったのは私も自覚しているから、彼女に迷惑をかけたと思って、「実は週末に別の楽器のコンサートがあってヴィオラに触っていないので、来週(コンサートの翌日の月曜)の合同練習の前には練習しておくから」と安心? させようとした。 すると瞳ちゃんは目を輝かせて、「何のコンサートですか? えっ、バロック音楽? わあ、絶対に行きたい」と言ってきた。でも私がそれが22日の日曜だというと、急にがっかりして「あ、行けない、その日はベトナムのお正月なんです」と答えた。 台湾人の友達が台湾の新年なので来れないことは知っていたけれど、アジアの新年の元日はずれていることもあるからベトナムのことは知らなかった。で、彼女がベトナム人だと知った。(父がベトナム人で母がフランス人のハーフだというのは後で聞いた。) コンセルヴァトワールを出るまでずっと「すごく行きたいです。次はいつやりますか。バロック音楽に興味があります」と言い、私がハ音記号の反射が出ないようにギターのコンサート前はヴィオラを控えていると言ったら、自分もヘ音記号が苦手で迷うと言う。ヘ音記号はチェロで使うが調弦はヴィオラと同じなのでどうして困るのかと思ったが、ヘ音記号に慣れていないらしい。私がピアノを弾くからというと、「わあ、すごい」という。 短い間に、なんだかどんどん尊敬されてなつかれた感じだった。 で、ああ言った手前、何とか格好をつけないとと思って、日曜のコンサートが終わった後さっそくヴィオラを手に取った。(金曜のカルテットの合わせはキャンセルされていたので一週間ぶりだ) 繰り返しなどを確認しただけで疲れて休んだが、翌日の月曜夜が最後の合同練習だ。 午前中も午後はじめも、速いパッセージを繰り返して、何とかごまかせる程度になった。ソリストではないから、瞳ちゃんの邪魔をしないでうまく支えるテクニックはある。 午後にメトロを乗り継いでバロックバレーのレッスンに行き、いつもより早めに切り上げて帰宅してすぐに楽器をもってコンセルヴァトワールに出かけた。 で、合同練習。今回はさらっているからちゃんとついていけたし、速いパッセージもそれなりにごまかせた。 「練習したのよ」というと瞳ちゃんはにっこり笑って認めてくれた。 ベトナムのお正月料理が大好きでおいしかったことやいろいろの話をしだした。私が学年末に予定しているコンサートのことを聞きたがる。 「学生?」と聞くと、なんとリセエンヌで、最終学年だという。驚いた。 近頃の私は管弦楽仲間の若い人をみるとみな学生だと思ってしまうのだが、実はもう社会人3年目などということがよくある。 高校生とは。 夜9時に練習が終わってどうやって帰るのかと思っていたら、親が車で迎えに来てくれるらしい。だからコンセルヴァトワールの前で待っている。 でもリセの最終学年なら、バカロレアの準備で大変でしょう、音楽のオプションをとるの? 志望校は決めているの? などと聞いた。私のピアノの生徒にも一人高校三年生がいるのだが、バカロレアの準備や模擬試験が続くから、休むことも多い。練習もあまりできないようだけれど、ピアノを弾くのは気分転換にもなると言って、電車に乗って週一回通ってくる。 その日はそのまま別れたが、ともかくずっと私にくっついていた。 私は彼女の右隣りで弾くが、彼女の左にも同じパートのヴィオラ奏者が二人いて、彼女らは前から管弦楽で顔見知りで、学生なのかもう働いているのか知らないけれど、個人的な話をしたことがない。演奏だけのつながりだ。若い彼女らの方が瞳ちゃんに近いし(後から、彼女らを含めた3人の奏者とヴィオラのカルテットにも参加していることが分かった)、親しくしていても不思議ではないのに、瞳ちゃんは私から離れない。 その様子が独特で、まるで「ひとめぼれ」をされたような雰囲気だった。 なぜだろうと思った。瞳ちゃんは孫のような年齢だし、そう共通の話題があるとも思えないのに。でも私は、もう30年以上もピアノの個人レッスンを通して、いろいろな年代の子供たちと接しているし、彼らの成長も見ている。どの生徒にも音楽の最良のものを伝えようと本気で接するし、完全に対等に扱っている。世代が違うと多くの場合は何らかの序列意識ができたり、年長者は年長者らしく振舞ってしまうのだろうが、私にはそういう意識が全くないのは確かだ。生徒たちから学ぶことの方が多いくらいだと思っている。 私自身、序列のあるような人間関係の中で生きてこず、自由にやってきたという恵まれた立場ばかりだったからかもしれない。競争心というものを持ったことがない。それでも「目上」の人の前では「対等」に見てもらおうと背伸びしたこともあったけれど、今や年齢的にはたいてい「目上」なので、完全に「自由」になって「自然体」になった。 そういう恵まれた人は多くないかもしれないので、瞳ちゃんはそれをキャッチするアンテナを備えていたのだろうか。別に悪い気はしないけれど不思議だった。 (続く)
by mariastella
| 2023-02-11 00:05
| 雑感
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