歴史上の英雄や、元首や独裁者というと、何か「犬」を飼っているイメージがある。
忠実な番犬を従える「主人」という印象だからだろうか。実際、犬とのツーショットを残す「指導者」は少なくない。
逆に、「主人に仕える」というイメージのない猫は、権力者との相性が悪そうなので、アレクサンダー大王とかジュリアス・シーザーとかナポレオン、ムッソリーニ、ヒトラーらは猫嫌いだったとか猫を憎悪していたなどと言われる。でもそれはみんな、「暴君は猫が嫌いに違いない」という先入観から作られた伝説らしい。
猫嫌いをはっきり表明しているのはフランスでは16世紀フランス文学の先駆者ピエール・ド・ロンサールで、「私は深い憎悪を猫に抱いている。その目、その額、その視線を憎む。それが目に入るだけで私は逃げる」と書いている。
古代ギリシャ語で猫を表すailourosに由来するailurophobie(猫恐怖症)という言葉もある。
ヒトラーは実際に猫嫌いだったようで、1933年から1945年まで秘書を務めたChrista Schroederという人が回顧録にヒトラーは「猫が嫌いだ。なぜなら鳥を攻撃するからだ」と書いている。でもその後が微妙で「けれど(総統本部に現れた野良猫の)ピーターを少しずつ受け入れて、最後はピーターが自分以外の膝に乗ると嫉妬するほどだった」らしい。まあ猫のあるある話だ。
強烈なのはギイ・ド・モーパッサンで、1886年、作家の世界では猫好き多かったのに、「猫について」というテキストで、子供の頃から、猫を見ると手で首を絞めたいという衝動に駆られた、と書いている。ある日、庭の奥の林の入り口で、高い草の間で転がる灰色の姿を見つけ、近寄ると首にツルが巻きついて苦しんでいる猫だった。彼は草を切って自由にしてやることもできたのに、断末魔の様子を最後までどきどきしながら見届けた。息絶えた後、まだあたたかい体を触ったという。
これって、猫恐怖症ではなくてサディックな何かでよけいに怖い。なんでこういうテキストを残す必要があったのか調べていないので分からない。
(以上はLes Chahiers de Science & Vie #208 jan-fév 2023 p66 から引用しました)