(その4からの続きです。)
第四のカテゴリーは哲学者。
哲学者というと日本では曖昧だけれど、バカロレアに哲学の筆記試験のあるフランスでは、多くの知識人が「哲学」の博士号やアグレガシオンを持っている。ここでは哲学的なアプローチという意味も。
まずPhilippe Descola は、レヴィ・ストロースの弟子でコレージュ・ド・フランス名誉教授の人類学者.アメリカ先住民Jivaro Achuarのもとで何年も調査した結果、人間と自然という二項対立は乗り越えられると結論した。より調和的な共生ができるとして多くの若い世代に影響を与えている。
Pablo Servigne は、崩壊学(コラプソロジー)の父。蟻の生態研究の生物学博士で、エコシステムも生態系の破壊はすでに始まっていると言う。化石燃料をやめて互助体制を作らなければ人類のサバイバルも難しい。
DominiqueBourg は、ローザンヌ大学名誉教授の哲学者でメディア露出が大きく、気候温暖化に対抗してすぐにも節度ある生き方に切り替えなければ壊滅的なことになると訴える。2019年にはヨーロッパ議会の選挙にも関わった。
Baptiste Morizotは、39歳の哲学教授で若い世代のオピニオンリーダー。ポジティヴで詩的なアプローチで自然との関係を見直す。人間以外の生物との「外交的関係」を提唱し、自然と文化を分ける二元論からの解放を訴える。机上の論議だけでなく、狼の生息範囲の広がり方を追跡したり、自然保護区を応援したり、ポーランドの原生林に入ったり、「現場」に基づいたエコロジーを訴える。
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楽天的なものと悲観的なものに分かれていそうだ。
人間と自然の二項対立という考え方は、そもそも人間の歴史は「自然の脅威」を前にして、どう避けるか、どう立ち向かうか、どう生き延びるかということに長い年月を費やしてきたのだから、定着してきたのは当然だとも思う。
それでも、人は「自然」を「文化」の中にも織り込んできた。脅威と恐れ、それとは逆の驚異と美の享受はどちらも通奏低音だったのだ。
それが「支配と被支配」や「搾取」に変わってきた時点から、今は「自然」から「復讐」されつつあるという考えもある。しかも、人間同士の間でさえ、共生や外交でなく戦争や破壊がまかり通っているのだから、どこかで根本的な意識の変革が必要なのだろう。(続く)